〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 今日は岡部千尋の恋人、城戸信平を警視庁に呼んでいる。聴取の担当は美夜と九条だ。

取調室で待っていた城戸は不遜な態度を隠そうともしない。同じく不機嫌な顔つきを直さない九条も、どいつもこいつも男は子どもっぽいと美夜は呆れていた。

『来いって言うから来てやったのに、なんで案内された部屋が取調室なんですか。これじゃあ犯人扱いだ』
「他に手頃な部屋が空いていなかったもので、申し訳ありません」

千尋と城戸は2年前から恋人関係にあった。千尋の友人の証言によると千尋は城戸との結婚を考えていたらしいが……。

『こっちは千尋に騙されていたんですよ。あいつがデリヘルで働いていたなんて知らなかった。友達には哀れみと偏見の目で見られて、千尋の存在を親に知られていないだけまだマシでしたね。早まって実家に連れて行かなくてよかった』

 城戸の言葉には、千尋への愛情や彼女がこの世にいないことへの悲嘆《ひたん》は感じられない。くどくどと長い城戸の自分語りを美夜は聞き流していた。

千尋がデリバリーヘルスに従事していた事実もニュースで報道されている。
本名も職業も、出身校の卒業アルバムの写真や近所の主婦が下す評判まで電波を通して全国に流される。どこまでも被害者に人権はない。

 ひとしきり城戸に愚痴を吐き出させた美夜は、柔らかな声色で告げた。

「騙していたのはあなたの方では? 借金があるなんて嘘ですよね」

それまで饒舌だった城戸の口が閉口した。城戸は何か勘違いをしている。警察は愚痴を黙って聞いてくれる相談窓口ではない。

「これは千尋さんと彼女の友人のメッセージのやりとりです」

 千尋のスマートフォンのトークアプリのデータをプリントアウトした用紙を城戸の前に置いた。昨年の12月のやりとりだ。

「千尋さんはデリヘルの仕事を友人にさえも明かしていません。ですが副業をしていることは話していたのでしょうね。このやりとりを見ると、デリヘルの副業はあなたが消費者金融から借りた五十万の借金の返済費用を稼ぐ目的があったようですよ」

千尋の友人は借金の話を疑っていた。副業してまで千尋が彼氏の借金を肩代わりする必要があるのかと、メッセージのやりとりで問いかけている。
それに対する千尋の答えは「好きだから助けたい」と、恋に盲目になりやすい彼女の気質が窺える。

「私達の調べでは、城戸さんに消費者金融での借金の事実は見受けられませんでした」

 城戸の身長は推定175センチ、細身の体型は防犯カメラ映像の黒いジャンパーの男に当てはまる。
だが犯人は城戸ではないと美夜は確信していた。この小心者に殺人はできない。
黙《だんま》りを決め込む城戸に、彼女はさらなる追い討ちをかける。

「千尋さんは妊娠していました」
『妊娠……? 嘘ですよね?』
「本当ですよ。妊娠6週目でした。お心当たりがあるのでは?」

最初の不遜な態度こそ消えたものの、城戸は妊娠の話を鼻で笑った。

『さぁ。それが俺の子かはわかりませんよ。何せ風俗ですからね。俺じゃない男の種が入ったっておかしくない』
「ご存知ないかもしれませんが、デリバリーヘルスは本番行為を禁止しています。千尋さんが肉体関係がある男性はあなたしかいません。……あなたのお子さんですよ」

 恋人だけでなく、人間としての姿や人格すら与えられないまま命を絶たれた我が子の死を突き付けられても、城戸の瞳に哀情《あいじょう》は宿らなかった。
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