〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
滝野川署では出張先の福岡から戻った被害者の夫が事情聴取を受けていた。聴取に立ち会った真紀と杉浦は、応接室の隅で妻を殺された夫の様子を観察する。
楓の夫、井川憲市は青ざめた顔を手で覆い、うなだれていた。
井川の涙の理由は妻の死のショックだけではない。楓には親密な関係にある男が複数人いたと見られ、彼女は出会い系アプリ最大手のマッチングアプリに入会していた。
楓のトークアプリのメッセージの会話を辿ると、彼女は殺害当日の16日に涼太と言う男と一緒にいたことがわかった。
楓と涼太の最後のやりとりは16日の21時50分。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
楓
[私も今乗り換えたよ]
涼太
[帰り道気をつけて。またデートしようね]
楓
[うん。今日は本当にありがとう]
____________
井川は、涼太と呼ばれる人物に心当たりがないと語った。滝野川署では楓が殺される直後まで会っていた男の素性を調べている。
「夫の印象どうだった?」
『取り乱してはいましたが、会話ができるだけ冷静さを失ってはいませんね。妻が浮気相手と会った帰りに殺されたと聞けば、激昂《げきこう》しそうなものですが』
「冷静で泣き方もなんだか嘘くさい」
『ええ。動機の点で言うなら井川憲市が最も怪しく見えます。でも奴にはアリバイがありますね』
楓の死亡推定時刻、井川は宿泊先である福岡市内のビジネスホテルの部屋で、出張に同行した部下と21時過ぎまで仕事の話をしていた。これは部下の証言もとれている。
楓は複数の男と不貞行為を働いていた。井川が楓の浮気に気付いていたのなら、裏切った妻への殺意が芽生えても不思議ではない。
しかし21時に福岡にいた井川が22時に東京で楓を殺害することは不可能だ。
これまでもそうだった。連続絞殺事件の関係者で被害者を好ましく思っていなかった人間には、ことごとくアリバイがあった。
『とりあえず帰って一課長に報告しましょう』
「そうね。この連続絞殺事件、早いとこ解決させないと未解決事案が増えるって、また奴がぼやきそう」
『芳賀もあっちのチームでしごかれてるみたいですね』
真紀と杉浦の部下であった芳賀敬太はこの春、未解決事件を扱う特命捜査対策室に異動となった。
『芳賀の奴、廊下で神田を見かけて美人、美人って鼻の下伸ばして騒いでましたよ』
「まったく……芳賀くんは懲りないねぇ。デリヘル殺人も暗礁に乗り上げてる。神田さんと九条くんは岡部千尋の職場に行ってるんだっけ?」
『はい。九条が何か気付いたみたいです。今日の捜査で新しい手掛かりが上がってくるといいんですが』
世話を焼いていた芳賀がチームを抜け、神田美夜と九条大河が加入した。以前と顔触れが一新した警視庁捜査一課には、確実に新しい風が吹き始めている。
「芳賀くんも九条くんも神田さんも、部下が育ってくれるのは嬉しいよね。大変だけど」
『自分の娘を育てる方が楽な時がありますよ。子どもは素直ですし』
「わかる。大人を育てる方がよっぽど大変。でも私達も若い時には、こうして周りに育ててもらっていたんだなとも思うのよ」
子どもと違い、自分のやり方や信条、固定観念がある程度確立されてしまった大人の教育は難しい。
どこの業界でも4月のこの時期は、新人の扱いに上の人間は頭を悩ませている。
「杉浦さんのところは莉乃《りの》ちゃんが新一年生だよね。学校楽しめてそう?」
『今のところは。毎晩ランドセルを大切そうに眼鏡拭きで磨いているんですよ。だけど本格的に勉強が始まれば、莉乃も学校イヤイヤ期が来るかも……』
「学校イヤイヤ期は誰でも一度はあるものよ。そうなった時は莉乃ちゃんと奥さんをしっかりフォローしてあげるんだよ。パパさん」
既婚者子持ちならではの会話を交えて、真紀と杉浦は警視庁への帰路を辿った。
楓の夫、井川憲市は青ざめた顔を手で覆い、うなだれていた。
井川の涙の理由は妻の死のショックだけではない。楓には親密な関係にある男が複数人いたと見られ、彼女は出会い系アプリ最大手のマッチングアプリに入会していた。
楓のトークアプリのメッセージの会話を辿ると、彼女は殺害当日の16日に涼太と言う男と一緒にいたことがわかった。
楓と涼太の最後のやりとりは16日の21時50分。
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楓
[私も今乗り換えたよ]
涼太
[帰り道気をつけて。またデートしようね]
楓
[うん。今日は本当にありがとう]
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井川は、涼太と呼ばれる人物に心当たりがないと語った。滝野川署では楓が殺される直後まで会っていた男の素性を調べている。
「夫の印象どうだった?」
『取り乱してはいましたが、会話ができるだけ冷静さを失ってはいませんね。妻が浮気相手と会った帰りに殺されたと聞けば、激昂《げきこう》しそうなものですが』
「冷静で泣き方もなんだか嘘くさい」
『ええ。動機の点で言うなら井川憲市が最も怪しく見えます。でも奴にはアリバイがありますね』
楓の死亡推定時刻、井川は宿泊先である福岡市内のビジネスホテルの部屋で、出張に同行した部下と21時過ぎまで仕事の話をしていた。これは部下の証言もとれている。
楓は複数の男と不貞行為を働いていた。井川が楓の浮気に気付いていたのなら、裏切った妻への殺意が芽生えても不思議ではない。
しかし21時に福岡にいた井川が22時に東京で楓を殺害することは不可能だ。
これまでもそうだった。連続絞殺事件の関係者で被害者を好ましく思っていなかった人間には、ことごとくアリバイがあった。
『とりあえず帰って一課長に報告しましょう』
「そうね。この連続絞殺事件、早いとこ解決させないと未解決事案が増えるって、また奴がぼやきそう」
『芳賀もあっちのチームでしごかれてるみたいですね』
真紀と杉浦の部下であった芳賀敬太はこの春、未解決事件を扱う特命捜査対策室に異動となった。
『芳賀の奴、廊下で神田を見かけて美人、美人って鼻の下伸ばして騒いでましたよ』
「まったく……芳賀くんは懲りないねぇ。デリヘル殺人も暗礁に乗り上げてる。神田さんと九条くんは岡部千尋の職場に行ってるんだっけ?」
『はい。九条が何か気付いたみたいです。今日の捜査で新しい手掛かりが上がってくるといいんですが』
世話を焼いていた芳賀がチームを抜け、神田美夜と九条大河が加入した。以前と顔触れが一新した警視庁捜査一課には、確実に新しい風が吹き始めている。
「芳賀くんも九条くんも神田さんも、部下が育ってくれるのは嬉しいよね。大変だけど」
『自分の娘を育てる方が楽な時がありますよ。子どもは素直ですし』
「わかる。大人を育てる方がよっぽど大変。でも私達も若い時には、こうして周りに育ててもらっていたんだなとも思うのよ」
子どもと違い、自分のやり方や信条、固定観念がある程度確立されてしまった大人の教育は難しい。
どこの業界でも4月のこの時期は、新人の扱いに上の人間は頭を悩ませている。
「杉浦さんのところは莉乃《りの》ちゃんが新一年生だよね。学校楽しめてそう?」
『今のところは。毎晩ランドセルを大切そうに眼鏡拭きで磨いているんですよ。だけど本格的に勉強が始まれば、莉乃も学校イヤイヤ期が来るかも……』
「学校イヤイヤ期は誰でも一度はあるものよ。そうなった時は莉乃ちゃんと奥さんをしっかりフォローしてあげるんだよ。パパさん」
既婚者子持ちならではの会話を交えて、真紀と杉浦は警視庁への帰路を辿った。