〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
紺野は隣席の伶を一瞥した。だんだんと人が少なくなる講義室で伶はまだ席を動かない。
『俺に言いたいことあるんじゃねぇの?』
『特にはない』
『どうせ、いい気味だと思ってんだろ』
『俺が紺野に対して、いい気味だと思う理由がないよ』
『お前のそういう上から目線ほんとムカつく』
伶に苛立ちをぶつけるのはお門違いではある。大人げないと自己嫌悪の溜息を吐く紺野の前に、飴玉が差し出された。
『なにこれ』
『妹のおやつの余り』
『……これで機嫌直せって? ガキ扱いすんな』
目の前に転がる鮮やかな黄色のパッケージにはシュワシュワレモンと書かれていた。握りしめた飴玉をいらないと突っ返すこともできず、そのまま服のポケットにしまいこむ。
『人の噂も75日』
『は?』
『噂話もいつかは飽きる。別の面白いネタが降ってくれば、そっちに移行するだろ』
『俺は面白いネタ扱いかよ』
『結果的にはネタとして扱われたんだろ?』
伶の身も蓋もない言い様に何も言い返せなかった。
紺野のメンタルの疲労も愚痴も、楓の死すらも、第三者には噂話のネタでしかない。
人がひとり死んでも、死に関係がない人間にとっては心のこもらない「ご愁傷さま」を言って終わる。
楓の尊厳とは何だろう。楓の存在とは、何だったのだろう。
『独り言だと思って聞いてくれる?』
『ご自由にどうぞ』
『恋人じゃねぇけど恋人みたいなことしてた人だったから、やっぱりショックだった。たかがマッチングで遊んでただけで、楓さんは殺されるようなことはしていないのに』
正直、当初は楓に腹が立っていた。
楓が殺されたから家に警察が来て、マッチングの女遊びが父と妹に知られてしまった。
楓が殺されなければ友達や同級生に後ろ指を指されることもなかった。
けれど今は、自分のせいで噂話のネタにされた楓に申し訳なさを感じている。
謝りたくても声が聞きたくても、楓はもうこの世にいない。
『別に本気の恋愛じゃなかったけど、地味にダメージ受けてる』
『そもそも人妻との遊びが向いてないんだろ。割り切れないなら、もっと厄介なことになる前に止めれば?』
はっきり向いていないと言われると逆に清々しい。嫌っている相手に弱音をぶつけている自分が滑稽で笑えてきた。
『お前にひとつ忠告。マッチングの遊びをたかがと思わない人間もいる。それを忘れるなよ』
『わかってる。旦那はいい気しないだろうな。俺は楓さんを殺したのは旦那だと思ってる。そのうち旦那が逮捕されるかも』
『どうだろうね。そんなに単純な事件じゃない気もする』
『どういう意味?』
『人間は臆病者って意味』
去り際に伶が投げた飴はまたしてもレモン味。誰もいなくなった講義室で食べるレモンの飴は、泣きたくなるくらい酸っぱかった。
『俺に言いたいことあるんじゃねぇの?』
『特にはない』
『どうせ、いい気味だと思ってんだろ』
『俺が紺野に対して、いい気味だと思う理由がないよ』
『お前のそういう上から目線ほんとムカつく』
伶に苛立ちをぶつけるのはお門違いではある。大人げないと自己嫌悪の溜息を吐く紺野の前に、飴玉が差し出された。
『なにこれ』
『妹のおやつの余り』
『……これで機嫌直せって? ガキ扱いすんな』
目の前に転がる鮮やかな黄色のパッケージにはシュワシュワレモンと書かれていた。握りしめた飴玉をいらないと突っ返すこともできず、そのまま服のポケットにしまいこむ。
『人の噂も75日』
『は?』
『噂話もいつかは飽きる。別の面白いネタが降ってくれば、そっちに移行するだろ』
『俺は面白いネタ扱いかよ』
『結果的にはネタとして扱われたんだろ?』
伶の身も蓋もない言い様に何も言い返せなかった。
紺野のメンタルの疲労も愚痴も、楓の死すらも、第三者には噂話のネタでしかない。
人がひとり死んでも、死に関係がない人間にとっては心のこもらない「ご愁傷さま」を言って終わる。
楓の尊厳とは何だろう。楓の存在とは、何だったのだろう。
『独り言だと思って聞いてくれる?』
『ご自由にどうぞ』
『恋人じゃねぇけど恋人みたいなことしてた人だったから、やっぱりショックだった。たかがマッチングで遊んでただけで、楓さんは殺されるようなことはしていないのに』
正直、当初は楓に腹が立っていた。
楓が殺されたから家に警察が来て、マッチングの女遊びが父と妹に知られてしまった。
楓が殺されなければ友達や同級生に後ろ指を指されることもなかった。
けれど今は、自分のせいで噂話のネタにされた楓に申し訳なさを感じている。
謝りたくても声が聞きたくても、楓はもうこの世にいない。
『別に本気の恋愛じゃなかったけど、地味にダメージ受けてる』
『そもそも人妻との遊びが向いてないんだろ。割り切れないなら、もっと厄介なことになる前に止めれば?』
はっきり向いていないと言われると逆に清々しい。嫌っている相手に弱音をぶつけている自分が滑稽で笑えてきた。
『お前にひとつ忠告。マッチングの遊びをたかがと思わない人間もいる。それを忘れるなよ』
『わかってる。旦那はいい気しないだろうな。俺は楓さんを殺したのは旦那だと思ってる。そのうち旦那が逮捕されるかも』
『どうだろうね。そんなに単純な事件じゃない気もする』
『どういう意味?』
『人間は臆病者って意味』
去り際に伶が投げた飴はまたしてもレモン味。誰もいなくなった講義室で食べるレモンの飴は、泣きたくなるくらい酸っぱかった。