〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
ブラインドに閉ざされた窓を雨粒が叩く。ひとりきりの警視庁資料室で小山真紀はパソコンを睨み付けていた。
閲覧しているのは井川楓殺害事件の捜査資料のファイルだ。
楓の夫、井川憲市は興信所に楓の浮気調査を依頼していた。滝野川署では動揺の素振りを見せていた彼は、妻が若い男と遊んでいた事実を知っていた。
浮気に憤った夫が妻を殺害……井川にアリバイがなければ、その方向性で捜査を進められた。
しかしこの事件を含む一連の連続絞殺事件は、そんな単純な構造の事件ではない。
(まさか第三者への殺人依頼……?)
殺人の動機を持つ者にアリバイがある場合、警察は被害者の関係者以外の第三者の関与を疑う。
古くから存在するヤクザや前科者が殺人依頼を請け負う闇ビジネス、自殺を手助けする嘱託《しょくたく》殺人や殺人依頼の募集に使用される闇サイト、犯罪に繋がる違法アプリにはサイバー犯罪課も目を光らせている。
液晶画面を見つめていて目が乾いてきた。目薬を点眼してしばらく休憩していた彼女の耳に、扉の開閉音が届く。
資料室に現れたのは捜査一課長の上野恭一郎だ。
「一課長。どうしたんですか?」
『芳賀にお前がここにいるって聞いた。これで糖分補給しておけ』
渡されたコンビニの袋には真紀の好物のエクレアと甘いカフェオレが入っていた。
上野とは真紀が二十代の頃からの長い付き合いだ。彼は真紀の食の好みを熟知している。
「いただきます。……芳賀くんには例の絞殺事件の資料集めを手伝ってもらったんです」
『あまり根を詰めるなよ』
エクレアにかぶり付く真紀を見つめる上野の眼差しは穏やか。上野は真紀の隣の椅子に腰を降ろした。
『自分の班を持ってみてどうだ?』
「杉浦さんがいてくれて助かっています。私ひとりであの新人二人はキツいですよ」
上野の前では漏らせる本音。口の端についたエクレアのクリームをペロリと舐めて、彼女は心境を吐露する。
「正直、あの班を率いていける自信はないです。神田さんの経歴見て驚きましたよ。よりによって、国立大卒で警察学校首席卒業のエリートが私の班だなんて。九条くんは感情がすぐ態度に出るし……」
『今度は人を育てる番だ。小山なら、神田と九条の手綱《たづな》を握れると思ったからお前に任せた』
「それは買いかぶりすぎです」
エクレアとカフェオレで混ざり合った口の中は幸せの味に満ちている。真紀の幸せそうな顔を横目に、上野は抱えていたタブレット端末をタップした。
『それにしても俺や小山の周りには何かと訳ありな刑事が集まるなぁ。神田も……』
「神田さんがどうかしたんですか?」
『10年前、神田が高校生の時にあいつの友人が殺されてる。神田は死体の発見者だった。これが埼玉県警の捜査資料だ』
上野のタブレットを借りた真紀は、そこにある文字の羅列に視線を落とした。
閲覧しているのは井川楓殺害事件の捜査資料のファイルだ。
楓の夫、井川憲市は興信所に楓の浮気調査を依頼していた。滝野川署では動揺の素振りを見せていた彼は、妻が若い男と遊んでいた事実を知っていた。
浮気に憤った夫が妻を殺害……井川にアリバイがなければ、その方向性で捜査を進められた。
しかしこの事件を含む一連の連続絞殺事件は、そんな単純な構造の事件ではない。
(まさか第三者への殺人依頼……?)
殺人の動機を持つ者にアリバイがある場合、警察は被害者の関係者以外の第三者の関与を疑う。
古くから存在するヤクザや前科者が殺人依頼を請け負う闇ビジネス、自殺を手助けする嘱託《しょくたく》殺人や殺人依頼の募集に使用される闇サイト、犯罪に繋がる違法アプリにはサイバー犯罪課も目を光らせている。
液晶画面を見つめていて目が乾いてきた。目薬を点眼してしばらく休憩していた彼女の耳に、扉の開閉音が届く。
資料室に現れたのは捜査一課長の上野恭一郎だ。
「一課長。どうしたんですか?」
『芳賀にお前がここにいるって聞いた。これで糖分補給しておけ』
渡されたコンビニの袋には真紀の好物のエクレアと甘いカフェオレが入っていた。
上野とは真紀が二十代の頃からの長い付き合いだ。彼は真紀の食の好みを熟知している。
「いただきます。……芳賀くんには例の絞殺事件の資料集めを手伝ってもらったんです」
『あまり根を詰めるなよ』
エクレアにかぶり付く真紀を見つめる上野の眼差しは穏やか。上野は真紀の隣の椅子に腰を降ろした。
『自分の班を持ってみてどうだ?』
「杉浦さんがいてくれて助かっています。私ひとりであの新人二人はキツいですよ」
上野の前では漏らせる本音。口の端についたエクレアのクリームをペロリと舐めて、彼女は心境を吐露する。
「正直、あの班を率いていける自信はないです。神田さんの経歴見て驚きましたよ。よりによって、国立大卒で警察学校首席卒業のエリートが私の班だなんて。九条くんは感情がすぐ態度に出るし……」
『今度は人を育てる番だ。小山なら、神田と九条の手綱《たづな》を握れると思ったからお前に任せた』
「それは買いかぶりすぎです」
エクレアとカフェオレで混ざり合った口の中は幸せの味に満ちている。真紀の幸せそうな顔を横目に、上野は抱えていたタブレット端末をタップした。
『それにしても俺や小山の周りには何かと訳ありな刑事が集まるなぁ。神田も……』
「神田さんがどうかしたんですか?」
『10年前、神田が高校生の時にあいつの友人が殺されてる。神田は死体の発見者だった。これが埼玉県警の捜査資料だ』
上野のタブレットを借りた真紀は、そこにある文字の羅列に視線を落とした。