〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 青信号の横断歩道を三人組の男子児童が歩いている。傘の持ち手をくるくる回してはしゃぐ男の子や白線の上だけを大股で歩く男の子、わざと傘を差さずにランドセルを濡らした男の子、彼らの笑い声が車内まで届いた。

そう、例えば萌子はあんな風にイタズラをして無邪気にはしゃぐ子どもと同じ。
何か悪いことをした? と小首を傾げて、イタズラをイタズラとも思わない幼稚さが萌子の微笑には含まれていた。

『陣内が言っていたアレってどういう意味?』
「何の話?」
『お前が刑事らしくない、どうしてそっち側にいるんだって、あいつ言ってたよな?』

 傘の群れは無事に横断歩道を渡って視界から消えた。一定の速さで刻まれるウインカーの電子音が心地いい。

次第に激しさを増す雨は10年前の春を連想させる。これだから雨は大嫌いだ。

「……九条くんは人を殺したいと思ったことある?」
『はぁ? 俺は刑事だ。そんなもんあるわけがない』
「そうやって即答できる人には陣内の言葉の意味はわからないよ」
『なんだそれ。お前も陣内も自分は他の人間とは違いますって顔しやがって。腹立つなぁ』
「解釈はご自由にどうぞ」

 彼女はかつて、ある女を心底憎んでいた。
大人には良い子のフリをした外面の良いあの女が疎ましく憎らしく、羨ましくて堪らなかった。

女の最期の瞬間を彼女は黙って見ていた。
このまま死んでくれと願いながら、女を殺してくれた共犯者に彼女は感謝した。

 殺してくれて、ありがとう。と……。

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