このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
** *

「ありがとうございますナタリアさん。リベルト様と一緒にいると気まずかったので助かりました」
 リベルトと離れて、フィリスは連れ出してくれたナタリアに礼を言う。
「え? そうだったの? そんなふうには見えなかったけど」
 事情をなにも知らないナタリアは目を見張る。
「喧嘩でもした?」
「いえ。そういうわけでは……」
 気まずくさせたのは、すべて自分に責任があるとフィリスはわかっていた。
(リベルト様はドレスまで用意してくれて、私との慰安会を楽しみにしてくれていた……んだと思う。それなのに、傷つけてしまった)
 ほかの女性を見たほうがいいと言ったときの、リベルトの表情が忘れられない。言葉を飲み込むように硬く結ばれた唇は震え、直前まで輝いていた瞳は大きく揺れたあと、空虚で光を失っていた。
(結局、逃げ出すようにナタリアさんについて来て……全部が中途半端だわ。こんななら、アルバ団長の頼みを聞くんじゃなかった)
 あのときは、できると思っていた。
 リベルトの気持ちも一時的なもので、煌びやかな場所で美しい令嬢を見れば、目が覚めると考えていた。
(……いいえ。本当はわかってた。リベルト様はそんな人ではないって)
 それなのに信じきれなかった。あらゆる言い訳を探して、リベルトを好きにならないで済む道を探っていたのは自分だ。
(私、怖かったんだ。リベルト様に捨てられるのを考えると。きっと……ラウル様のときみたいに平気ではいられない)
 フィリスはリベルトに惹かれていた。ひとりの人間としてだけでなく、男として。
 本当は告白される前から惹かれていたんだと思う。初めて膝枕をして、髪に触れられたあのときから、胸を打つ鼓動が情熱的なものに変わっていた。
 そして過去を打ち明けてくれて、好きだと伝えてくれたあのとき。頬にキスをされても、フィリスはちっとも嫌だと思わなかった。
 衝撃的すぎてなにも考えられないくらい、意識がどこかに飛んでしまったけれど……嬉しかったのは事実だ。今思えば、あの時点で答えは出ていたのかもしれない。
「私こそ、急にフィリスを略奪して後でリベルト副団長に怒られないかしら」
「大丈夫です。ちゃんと許可もいただきましたし」
「そうよね。副団長なら、令嬢たちが放っておかないでしょう。……ところでフィリス、あなたと副団長って、付き合ってるわけじゃないわよね?」
 ナタリアの眼光が鋭くなり、念を押してくる。
「……はい。付き合っていません」
 告白されたなんて、この状況で言えない。というか、そんな軽率に言いふらしていいものではないだろう。
「そう! それならよかった。ほら、リベルト副団長って、フィリスをかなり気に入ってたじゃない? あれがガチなのかそうでないのか、見極めが難しかったのよねぇ。でも違うなら安心したわ!」
 ナタリアはフィリスのほうを振り向くと、頬にえくぼを浮かべてにこにこと微笑んでいる。
「これで今日は、一緒に未来の旦那様探しができるわねっ」
「……えっ?」
 どうやらナタリアは、今年の慰安会でいい人を見つける気満々のようだ。
「今年は特に上玉が揃っているって噂よ。普段接点のない騎士団や魔法団にも、将来有望な人はたくさんいるわ! 今のうちに仲良くなっておきましょう」
「わ、私はべつに、そういうのは……」
「なに遠慮してるのよフィリス。うかうかしてるとライバルたちに持っていかれるわ。せっかくの機会なんだから、一緒に婚活しましょう! それにね、さっきひとりの金髪イケメンに頼まれたのよ。フィリスと話したいって」
(……金髪?)
 珍しくもない髪色なのに、金髪と聞くだけで身構えてしまうのは、最低最悪のかつての婚約者がその髪色だったせいだろうか。
(いいや。まさかね)
 ざっと見るだけでも金髪の男性などたくさんいる。大体ラウルだったとしたら、フィリスを呼び出す理由がない。
「結構いい人そうだったわ。話して損はないと思うの」
「まさか、そのために私を探しに来てくれたんですか?」
「そうよ。だって私、フィリスが心配だったのよ。このままだとリベルト様のお世話だけして終わっちゃいそうだって」
 せっかく就職が難しい魔法騎士団の使用人になれたのだから、その特権は遠慮なく使っていかないと! とナタリアは言う。
「この慰安会を逃せば、また毎日魔法騎士団内を駆けずり回る日々に戻るのよ。イケメンと知り合っておいて損はないわ。あわよくば、そのイケメンに誰か紹介してもらって」
 いろいろ言っているが、最後の一言が本来の目的な気がする。
 ナタリアはフィリスの腕を掴んだままずかずかと進んでいき、ひとりの男性の前で足を止めた。
「連れてきましたよ。えーっと……クレイ伯爵令息!」
 名前を聞いて、フィリスは息を呑んだ。
「ああ、ありがとう」
「では。一旦私はこれで。フィリス、頑張ってね」
 フィリスがその男を前に固まっているうちに、ナタリアはいらない気遣いをしてさっさとどこかへ行ってしまう。
「……久しぶりだなぁ。フィリス」
 にやりと意地の悪い笑みを浮かべる金髪の男は、ラウル・クレイ。フィリスをこっぴどく捨てた、元婚約者だった。
「どうして、ラウル様が?」
 なにを目的として呼び出したのか、フィリスは身構えて警戒心を露にする。
「以前の社交場で騎士の友人ができてね。そのツテで参加させてもらったんだ。そうしたら君がいるからびっくりしたよ。さっきの彼女から聞いたが、魔法騎士団で働いてるんだって?」
 婚約破棄後、フィリスの情報はなにひとつラウルに伝えていなかった。
「出稼ぎに出ているとは噂で聞いたが、ずいぶんいいところに就職できたんだな。……ドレスもなかなかいいものを着ている。見違えたよ」
 なめるような視線に嫌悪感を覚える。さっさと会話を終わらせてここから立ち去りたいと、フィリスは強く思った。
「言いたいことはそれだけですか? 私、もう行きますね」
「おい待てって。お前、人の話も最後まで聞けないのか? ……はぁ。王都に出ても、田舎の空気を吸いすぎて、刺激を避ける退屈な女のままか」
 皮肉めいた言葉に、フィリスはイラッとしてこめかみがぴくりと反応した。
「……お話があるなら、早めにお願いします」
「そう急くな。時間はまだたっぷりある。ゆっくりと久しぶりの再会を楽しめばいいだろう。余裕のないやつはモテないぞ」
 楽しめる要素のない苦痛な時間を、引き伸ばしたいと思うはずがない。
(相変わらず嫌味ったらしいわね。イラッとしてしまうのは、時が経ってこの鬱陶しさに対する耐性が薄れた証拠かしら)
 ラウルに嫌味を言われるのには慣れていた。だがこの二か月――特に最近は、リベルトに甘やかされていた自覚がある。そのため、ラウルからのねちっこい嫌味攻撃に身体が拒否反応を示しているのがわかる。
(どんな塩対応されても平気でいられた私って、結構重症だったのかも……?)
「おい、聞いてるのか」
 ひとりで考え事をし、ラウルに返事するのを忘れていた。
 ラウルはなにも言わないフィリスに不満を感じて眉をひそめている。
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