甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

5-17 聖女の滞在記最終日

 

 にこやかに隣に座ったノワルは口をひらく。

「このかしわ餅は聖女の木の葉で作っているから、その秘密を教えただけだよ」
「さっきロズも同じことを言っていたけど、美味しいだけじゃないの?」

 もちもちの食感に小豆の優しい甘さ、それに柏の葉っぱのいい匂いのかしわ餅は控えめに言っても最高に絶品だった。
 よだれがこぼれそうな口もとを慌てて両手で押さえると、くすくす笑いながら頭をぽんぽん撫でられる。

「子供の日にかしわ餅を食べる習慣は、柏の木は春の新芽が育つまで葉を落とさずにいることから家が途切れずに続くこと、つまり子孫繁栄と考えられ縁起がいいと食べるようになったんだよ」

 そうなんだ、とうなずいているとノワルのぽかぽかした手が頭から耳まですべり下りると内緒話をするように顔をよせる。もしかしたら聖女の木の秘密は村の人たちには秘密なのかもと思い、私もノワルに近づいた。

「聖女の木の葉で作った聖女のかしわ餅の秘密はね――」

 ノワルが言葉を切って私をじっと見つめる。なんだかどきどきしてきて、こくりとつばを呑んだのを合図にノワルが再び口をひらく。

「愛する二人が食べてから交われば、()()()()子供できるんだよ」
「ふ、ふえっ?」

 突風に驚く鯉のぼりのようにびくっと肩をゆらしてもノワルの大きな手が飛ばされないように、しっかり繋ぎとめていて。

「花恋様も今から交わる?」
「ひゃあ……っ! い、いいい、いまからは、ま、ま、まま、ままま、まじわらないっ!」
「今じゃないなら、いいんだ?」
「ふえっ? うんっ?」

 驚きすぎてノワルを見上げると、目が合ったノワルはにこりと笑った。

「花恋様、楽しみにしてるね」

 ベルデさんとソレイユ姫と同じように瞬間に茹だった私は、大きなまん丸の瞳と大きく口をひらいた鯉のぼりみたいにこれでもかと目を丸くして、ぽかんと大きく口をあけた。

「花恋様は桃色の鯉のぼりみたいで、かわいいね」

 目を甘やかに細めたノワルが無風の鯉のぼりみたいに動かなくなった私のおでこに優しくキスを落とした。


 ◇ ◇ ◇


「ソレイユ姫、ベルデさん、聖女の木をお願いします」

 聖女の木の守り人の二人は笑顔で請け負ってくれる。
 もう薄茶色で立ち枯れていた草木はなくなり、すっかり瑞々しい若葉が育った村の入り口に立つ。

 いつまでも私たちがいたら新婚夫婦のお邪魔でしょうとノワルにうながされ、お世話になった村を出発することにしたのだ。
 ソレイユ姫やベルデさん、リリエさんに村の人たちとお別れの言葉を交わしていく。数日間しか一緒にいなかったけれど、この世界に来て初めて仲良くなった人たちなので、もう会えなくなると思うとやっぱり寂しくて声が上擦ってしまう。

 お天気が崩れる前ぶれみたいな私に、ノワルが東風が吹いたみたいに頭をぽんぽんと撫でてあやすから、鯉のぼりが東を向いてなびくときは天気が下り坂になるように、目の前がぼやけていく。

「ラピス、そろそろ行きますよ」
「はーいなのーだぜー」

 うるんだ視界の中でロズがラピスを呼ぶと、オーリ君たちのところで楽しそうに話していたラピスが私のところにたったと走ってきて抱きついた。

「ラピス」

 オーリ君がラピスに声をかけたので、二人でオーリ君に顔を向ける。

「どうしたなのーだぜー?」
「あのさ、また遊びにこいよ」
「…………っ!」

 オーリ君の言葉にラピスの青い瞳が鯉のぼりらしい大きなまん丸になると、きらきらと輝いて。
 くるんくるんの髪をぴょこんと揺らして、うるうるの瞳と見つめ合う。

「かれんさまー、またきてもいいなのー?」

 これから登龍門に向かい元の世界に戻る私たちが、この村に遊びに来ることは難しいと頭ではわかっているけれど、わかっていても私の口から出てきたのは素直な気持ちだった。

「私もまた来たいな……」
「かれんさまーありがとうなのー」

 ラピスが両手を伸ばすから顔を近づけると、頬をふにっとはさまれ、ゆっくり引き寄せられる。
 ちゅう、とキスされると同時にかわいい音が鳴って。

 ――ぽんっ

「ひゃあ……っ! ラ、ラピス、龍の姿になっても、だ、だだ、だいじょうぶなの?!」

 今まで村の人たちにもふもふ龍の姿を見せたことがなかったから、慌ててもふもふ龍のラピスをぎゅっと抱きしめて見えないように背を向けた。

「かれんさまーひみつじゃないのーだいじょうなのー」
「そ、そ、そうなの?」
「うんなのー、またここにくるなのー」

 秘密じゃないと聞いたらほっとして腕の力が抜けると、ラピスが翼をぱたぱたと動かして腕の中から青空に飛び立つ。

「ラピス、龍だったんだな」
「そうなのーだぜー」
「格好いいじゃん!」
「えへへなのーだぜー」

 ラピスがオーリ君に向かって、えっへんと胸をそらすと舞うように飛びはじめる。

「あ……っ」

 ラピスが舞った青空にきらきらと水しぶきがあがり、虹の橋がかかっていく。
 あまりに幻想的な虹は、ただ見つめることしかできなくて、こんなに綺麗な虹を見ていたらまたこの村に遊びに来ることができる気がして。

「オーリ、グーラ、デーイにーぼくのかごをあげるなのーだぜー」

 ラピスの言葉で三人に虹のかけらが七色にきらきらと降りそそいでいく。

「ずっとーともだちなのーだぜー」
「ラピス、ありがとな!」
「うんなのーだせー」
「いつでもこいよ」

 大きく手を振るオーリ君たちに「またねなのーだぜー」とラピスがふにゃりと笑うと、煌めく虹の橋をくぐって私たちはソレイユ姫とベルデさん、村の人たちと笑ってお別れをした――。


 やがて聖女の木の護るこの村が大きな国になり、この国を象徴する旗には――虹と聖女の木、それに黒、赤、青い龍が描かれることになる。
 そして、この国は聖女と聖獣が旅立った日になると鯉のぼりみたいに青いもふもふ龍に模したものを空に泳がせ飾る習慣になるのだが、それはまだまだ先のはなし。


 私たちは登龍門に向けて、また森を歩きはじめた――。
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