甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

6-3 聖女とつづきのおはなし

 
 突風みたいに勢いよく「龍のはなしっ!」と叫んだ私に、くすくす笑いながらノワルが私の隣へ腰をおろす。
 どのかしわ餅が食べたいか聞かれて、桃色の味噌あんかしわ餅を選んだ。

「花恋様、口をひらいてね」
「えっと、あの、自分で食べるよ……?」
「やっぱり結婚の儀のつづきにしようかな」

 迫力のある笑顔を見た途端、食べさせてもらう恥ずかしさと()()()の恥ずかしさを天秤にかけた私は、すぐに小さく口をひらいた。
 満足そうに微笑むノワルの手の中にあるつやつやした桃色が、ひらいた口元に泳いでくる。

「ん――っ!」

 はじめて食べる味噌あんかしわ餅はとびきり美味しくて、恥じらいで染まっていた桃色はひと口食べるたびに歓喜の桃色にすり替わっていく。

 ほっぺたが落ちないか心配になりながら食べている私に、ノワルがかしわ餅は伸ばした餅生地の上に餡をのせて、二つ折りにしているのが神社で柏手を打つ姿に似ているから柏餅になったことや、味噌あんは主に関東より上の地域で食べられていることを教えてくれた。

「ノワルごちそうさま! すごく美味しかった……っ」
「うん、よかったね」

 自然とノワルのやわらかな視線と絡みあい、そのまま目を細めて見つめられる。
 今さらノワルに手ずから食べさせてもらっていたことを思い出して、胸がどきどき音を立てていく。

「こっちにおいで」

 ノワルが腕を広げて優しくほほえむ。
 甘やかな声が耳を撫でて、鯉の尾ひれが跳ね上がるみたいに心臓がどきん、と跳ね上がる。

「うんなのー」

 ラピスがむにゃりと腕を伸ばして、ノワルに甘えるようにむぎゅっと抱きついた。ラピスをひょいと抱き上げて、くるんくるんの青い髪にやわらかく触れて背中をぽんぽんとあやしていく。
 ノワルの言葉を勘違いをしてしまった自分が恥ずかしくて、天日干しされた鯉のぼりみたいに、かあ、と顔に熱を帯びた。

「花恋様、かわいい」

 とても優しい声が頭上から降ってきて、ゆっくり伸びてきた手は私の髪をそっと撫でていく。その手つきも声も、私のこと好きだと言っているみたいで、胸がきゅうんと甘く切なくなっていく。

「……ノワル、好き」

 するりとこぼれた言葉に、自分でもびっくりしてしまう。

「うん、俺も好きだよ」

 ラピスを片手で器用に抱っこしたノワルの顔が、おでことおでこがくっつきそうな距離まで近づいていて。
 息を呑むほど美しい夜空みたいな黒色の中にうつる自分の蕩けたような顔が恥ずかしく目をつむった。

「……っ」

 おでこのやわらかな感触に驚いて目をひらくと、ノワルが私を見つめていて。「花恋様、好きだよ」とつぶやく声色や優しい表情にも胸がきゅうきゅう嬉しい音をならす。

「花恋様、かわいい」

 甘やかなキスが顔中に降ってきて、ノワルの熱い指先が頬に添えられると、まっすぐに見つめられる。
 その甘い視線の意味を分かっているふたつのまぶたは、ゆっくりとじていく。

 ノワルのぽかぽかした春のひだまりの匂いが一段と濃くなって。

「――もうたべられない、なの……」
「ふえっ?」
「うるさいの……めめなのよー」

 ラピスの声にびっくりして声をあげたのに、むにゃむにゃと怒られてしまった。青い天使はたまに青い小悪魔になるらしい。でもねぼけてもかわいいから、やっぱり天使だと思う。

「花恋様、怒られちゃったね」

 ノワルがくすりと笑い、ラピスのくるんくるんの髪の毛をぐしゃぐしゃになるまで撫でていて、今度は私が笑ってしまった。


 ◇ ◇ ◇


「カレン様、カルパ王国の国境付近にいるのは覚えていますか?」

 ロズの質問にうなずくと、「今は、ここです」と言って、広げていた地図の一点を指で示した。

 ラピスに怒られてノワルと二人で笑っていたら、地図を手にしたロズが部屋に入ってきて、明日の予定をなにも進めていないことに呆れて説明をしてくれている。
 ノワルはロズに叱られてラピスを寝かせに行ったので、今はロズと二人きりでソファに並んで座っていた。

「カレン様、目的地の登龍門はここです」
「えっ、すごく近いんだね」

 龍で飛んでいくと聞いていたので、すごく遠い場所を想像していたのに、とん、とロズの指した場所は予想よりもずっと近くてびっくりしてしまった。

「ええ、登龍門はカルパ王国にあるので近いのですが――急流を泳いで登りきって登龍門を突破しなければ、元の世界に戻ることはできないことは覚えてますか?」
「えっと、確か鯉の滝登りだったよね」

 赤色の瞳を嬉しそうに細めたロズは、すらりと長い指を登龍門から川に沿ってゆっくり移動させた。

「その急流のはじまりは、ここです」
「ふえっ?」

 思いっきり変な声がもれた。鯉のぼりみたいに目を丸くして、地図に落としていた視線をロズに移動させる。

「通常ならば隣国のタルパ王国を通る道のりになるので、入り口の到着までに数ヶ月かかってしまいます」
「そ、そうなんだ……」

 地図の上流にあるカルパ王国からタルパ王国の下流へ移動したロズの指先に、再び目を落としてしまう。この距離を三人、いや三鯉は泳いで登ったのが信じられない。

「カレン様」

 やわらかな声に呼ばれて顔をあげれば、透き通った赤色にとらわれる。
 ふわりと春の芽吹きを感じるさわやかな香りが鼻をかすめると、知らぬ間に詰めていた息をゆっくりはいた。

「龍に乗れば入り口まで数日で到着しますし、急流を登るのも心配はいりません」
「えっ、そうなの?」
「ええ、カレン様にお願いしたいことは二つだけです」

 なんだろう、と首をかたむけるのとロズの口角がきれいな弧を描くのは同じだった。

「ひとつは、龍で移動する休憩ごとに魔力の補給をすることです」
「ふえっ?」

 ロズにぐいっと引き寄せられ、ぎゅっと胸にとじこめられる。細身なのにしっかりした胸板と触れ合う体温であたたまったロズのさわやかな匂いが一層立ち昇っているのを胸一杯吸い込めば、身体の力がくたりと抜けていく。

「実は、龍の姿で飛ぶことは魔力をたくさん使うのです」
「そ、そうなんだ……?」
「ええ、万が一、魔力が切れて落ちたりしたら大変ですので休憩ごとに魔力の補給を()()()()したいのです」
「ひゃあ……っ」

 かあっと顔に熱が集まった。
 風に煽られて跳ねる鯉のぼりがポールからどこにも飛んでいけないように、驚いてぴょんっと跳ねた私もロズの力強い腕の中から動けない。

「どうしても嫌なら魔力補給はしなくてもいいのですが――」

 ロズは言葉を切ると、吐息が耳に触れそうなくらいに顔を寄せてきて。

「カレン様――どうする?」

 耳元をかすめる意地悪で甘い声色に、今度は心臓がばくばくと跳ねあがった――。
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