甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

6-4 聖女と魔力補給

 
 鯉のようにぱくぱく動く私の口をながめていたロズの形のいい唇が弧を描く。

「なるほど、嫌なんですね」
「ちっ、ちがう……っ」

 意地悪な言い方にじわりと涙腺がゆるんで、目の前がにじんでいく。

「カレン様、もしかして魔力補給のために仕方なくキスするつもりですか?」
「違うよっ!」

 予想もしていなかったロズの言葉に、びっくりして大きな声をあげた。ロズのことを大切に思っている気持ちが伝わっていないのかもしれないと戸惑ってしまう。

「えっと、びっくりしただけで、その、……嫌じゃないよ」

 恥ずかしくて顔が熱いけど、ロズに誤解されているよりずっといいと思って口にした言葉だったのに。

「カレン様、もう一度お願いできますか?」
「……へっ?」
「声が小さくて聞こえなかったのです」

 ロズの言葉に羞恥が泳いで身体中があっという間に熱を帯びていくのに、追い討ちをかけるように長いまつげに縁取られた真っ赤な瞳にのぞきこまれて心臓が痛いくらいに早鐘を打っている。

 びっくりして涙のひっこんだ視界の先には意地悪に目を細める紅色がふたつ並んでいて、からかわれたことを怒りたいのに誤解されていなかったことに安堵してしまう。

「嫌じゃないの。ううん、嫌なわけない」

 自分でも驚くくらいに素直な気持ちが言葉になっていく。言葉を口にすれば、ロズへの好きな気持ちがあふれてしまう。

「ロズのことが、好きなの。好きなロズとだから、魔力補給するの、したい、よ……?」

 ふわりとロズのさわやかな匂いが鼻をかすめて、すらりと長い指先のひんやりした体温がほてった頬に気持ちがいい。目をつむって指先の体温がとけていくのを受けいれる。

「カレン様、やらしいですね」
「ふえっ?」
「魔力補給のやり方、分かっているでしょう?」

 両手で顔を覆いたいのに、いたずら風にからまる鯉のぼりみたいにロズの手にからめられて離せない。
 好きを語りすぎてしまったと気付いてももう遅くて。

「キスしてほしいの?」
「ひゃあ……っ!」

 茹でたての鯉のぼりから一気に湯気がたちのぼる。

「カレン様は、仕方ないですね――そんな顔をされると、もっといじめたくなるだけですよ」

 艶やかな笑みを浮かべたロズの色香に当てられ無いように、鯉の尾っぽよりも素早く首をぶんぶん横にふり続ける。

「ちゃんと言わないと、お仕置きしますよ」
「ひゃん……っ」

 いまだ恋人つなぎにからまるロズの指がすりすりと手首の上を泳ぎはじめれば、変な声がもれる。ロズの親指の腹がやわらかな手首の裏をゆるゆると泳ぎ続けるから、変な声も動きに合わせて泳いでしまう。

「ひゃあ……あっ、くすぐったい――やあ……っ」

 やだやだと首を横にふると、手首を泳ぐ親指の動きがぴたりと止まった。

「ちゃんと言えますか?」

 美しく整った顔が耳に触れそうな距離まで近づいて吐息まじりの言葉が耳をなでていく。赤くなった顔をこくんと動かせば、上を向くように細い指にあごをするりと掬われた。
 赤い瞳の中でお揃いみたいな真っ赤な顔が写り込んでいて、目をそらしたいのに惹きつけられたみたいに見つめ合う。

「――ロズ、とキス……したい、よ」

 誘われるみたいに想いを口にすれば、ロズが褒めるように髪をゆっくりと梳いてくれたので、ほお、とようやく安堵のため息をはいた。

「カレン様、どこにキスして欲しいですか?」
「ふえっ?」
「いい子にはご褒美をあげなくてはいけませんからね」
「ふえっ?」
「教えていただかないと、分かりませんよ」
「ひゃあ……っ」

 驚きすぎて、心臓が握りつぶされたような感覚を覚えた。

「それとも、お仕置きしてほしい?」

 頭の中が真っ白になって言葉が出てこない。
 真っ白な世界に二つの赤い光がゆっくり近づいて、すらりと長い指が唇をゆっくり泳いでいる。
 少しの期待と予感にぎゅっと目をつむると、艶やかにくすりと笑う声色と爽やかで甘い匂いが同時に部屋でゆらめいた。

「ああ、そうだった。カレン様にお願いしたいことの続きを話さなくてはいけませんでしたね」
「ふえっ?」

 ロズの言葉で、体温も匂いもなかったみたいに私からすぐに離れていった。
 ぱちぱち目を瞬かせる私に、首をわずかにかしげるロズは涼やかな顔をしていて。

「カレン様、どうかされましたか?」
「えっ、う、ううん……」
「なにかあれば言ってくださいね」
「あっ、うん……」

 うなずくふりをして、うつむいた私の顔は間違いなく赤くなっていると思う。恥ずかしすぎる勘違いにどこかに泳いでいってしまいたい。

「ふたつめですが、龍の特別な鱗には絶対にさわらないことです。龍の鱗には――…」

 ほてった顔で聞くロズの説明は、断片的にしか頭に入ってこなかった。
 ロズは、ふう、と深い溜め息を吐くと私に向き直った。

「カレン様、分かりましたか?」
「えっと、うん、ノワルの特別な鱗には触らないようにするね」
「ええ、ノワルお兄様も触れられると理性が働かないと思いますので、よろしくお願いします」

 ロズの真剣な表情を見て、咄嗟に断片的な記憶をたどると鱗龍の喉元に一枚だけ『逆鱗』と呼ばれる触られると理性が働かなくなる鱗があるらしい。
 その場で食べられてしまっても仕方ないと言われていたことを思い出して、ふるりと身を震わせて「はい」と深く大きくうなずいた。


「カレン様、今夜はラピスと留守番をお願いします」
「えっ」
「慣らし飛行をノワル兄様としてきます」

 ぱっと顔を上げた途端に、ロズの艶やかな唇の赤色が目に映る。

「そ、そうなんだ」

 つい魔力補給のことを思い出してしまい顔が熱くなる。ロズの顔を見ていられなくて顔をそっと伏せてしまう。

「カレン様、心配しなくて大丈夫ですよ」
「えっ?」

 ロズは私が心配しないように結界やラピスがいること、それに明け方までに戻ってくることを聞いて思わず口をひらいた。

「どこまで行くの?」
「カルパ王国の王都まで行くつもりです」
「だ、だめ……っ! 落ちちゃったらどうするの? 二人が落ちたらやだ、私も一緒に行きたい!」

 ここから距離のある王都まで往復する聞いて、もしも魔力が足りなくなってしまったらと想像すると不安で落ち着かない。

「数時間なので平気ですよ――それに、カレン様を乗せたら慣らし飛行になりませんから、いい子で待っていてください」

 目尻に涙がたまっていくのが止められないままロズを見つめても、なぜだか嬉しそうな笑顔を浮かべている。
 ロズの大丈夫という言葉を信じたいのに、自分でも不思議なくらい怖くて洋服をぎゅっと握りしめた。

 名前を呼ばれてロズに顔をのぞき込まれると赤い唇に視線が引き寄せられ、思わず言葉が口から零れ落ちた。

「ロズ、魔力補給したい……っ」
「カレン様、今は足りていますよ」
「――っ! で、でも、心配だから……お願いっ! 魔力補給したいの」
「そんなにしたいの?」
「う、うん……」

 赤い瞳にじっと見つめられると心臓が、とくん、と大きな音をひとつ立てる。

「今度は、どこに魔力補給したいのか言える?」

 色気たっぷりにくすりと笑ったロズの細くて長い指が唇をなぞる。こくりとうなずくとロズの指先のぬくもりが答えを聞くために離れていくのが切なくて胸がぎゅっと苦しくなった。

 洋服を握っていた両手をロズの頬に移動させると、きれいな唇に素早くキスをした。

「――ここに、して?」

 ロズは赤い瞳を鯉のぼりみたいに大きく見ひらいて「え」という声を小さくこぼした。
 ほんのり赤くなったように見える顔を片手で覆ったあと、大きな息をはいた。

「カレン様は、仕方ないですね」

 甘さを含んだ声が鼓膜を震わせ、ロズの赤い瞳がゆらりと温度を上げていくのがわかった。
 今度は頬に添えられたロズの体温に瞳が潤んでいく。そっと瞳をとじれば、ようやく寂しかった唇にロズの甘やかなぬくもりが落ちてきた――。
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