副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜

ホテル・ザ・クラウンはそこに存在し続けるだけで、誰かの人生の支えになる……そう、腹落ちした瞬間だった。

そして、ホテルを作っているのは、倉田さんのような「人」なのだ。そういう働く人を大事にできる人が上に立つべきだ。経営者として、俺はその役割を担いたい。

澪と話していて、将来像の輪郭が急にはっきりと形作られた。


「お兄さん、どうしたの? 私、そろそろお家に帰ろうかな」

「あぁ、ごめんね。ちょっと考え事してた。澪ちゃん、お互い2つ約束ごとをしないかい?」

「なに? 突然…でも、いいよ。お兄さん、お父さんのこと知ってる人だから」

「はは…ありがとう。一つは、もし命を投げ出したいくらい辛い気持ちになっても、絶対に死なないこと。辛くなったら、いつでもこのホテルにおいで。二つ目は、そうだな……将来、君のお父さんと同じように、このホテルで働いてみたいと思わない?」

「え…?? お父さんと同じように?」

「そう、二つ目の約束は、もしこのホテルで働きたくなったら必ず働けるよう、俺が働きかける」

「え、本当にそんなことできるの? お兄さん偉い人の息子?」

「えーと……俺も偉くなる予定、かな?」

「なにそれ、ちょっと胡散臭いじゃん」

「はは、なかなか厳しいね。とにかく、澪ちゃんは絶対に死なないことを約束してくれる? 俺は、澪ちゃんが働きたくなったら働けるようにすることを約束する。どうかな?」

「うん、わかった。約束ね」


そう言って小指を差し出す澪に、俺も小指を出して「指切りげんまん」をした。
 
澪の目には泣いた後がまだ残っていたが、「お兄さん、またね!」と少しだけ元気になって去っていった。


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