副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜

「それより、どうしてここで泣いてたの?」

「……お父さんがここのホテルで働いてたんだけど、先週、事故で死んじゃったの」

「え!?」


父が言っていたお通夜は、澪のお父さんのことだったのか…!?

3年前に会った澪のお父さんのことは、よく覚えている。優しさが滲み出ているような人で、でもただ優しいだけではない、自分を律することも他人を指導することもできる人。今思うと、そんな風に言語化することができた。

 
「そうだったんだ…」

「お兄さん、私のお父さんのこと、知ってる?」

「うん、とても素晴らしい人だよね。俺のお父さんも、頼りになる人だって言ってたよ」

「本当!? そうなの??」


涙で真っ赤に腫らした目が、ぱぁっと見開くようだった。

 
「でも、もうお父さんに会えない…。私には弟もいるし、お母さんも体調崩してて、お姉ちゃんだからしっかりしないと」

「澪ちゃん…」

「毎日辛くて、お父さんに会いたくなっちゃって、このホテルに来たの。お食事の予約をしたりしてないのに…」

「いや、良いんだよ。お父さんとの思い出の場所なんだね」

「うん。家族みんなが、笑顔になれる場所」


泣きながらにっこり笑う澪が、とても眩しかった。

 
(家族みんなが笑顔になれる場所、か……)


そんな場所を守れたら、どんなに良いだろう。
 
俺も幼少期は父が多忙で、母は病弱なこともあって、3人で出かけた記憶が少ない。それでも、3人で水族館に行ったり、笑い話をしながらご飯を食べた記憶はずっと残っている。
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