オレノペット
「ふーん…今時のスポーツ水着ってこんななんだね。洋服みたい。」
「……。」
結局、杉崎さんの誘惑と口上に負けて、お風呂場で着るはめになってしまった水着。
本当にただのTシャツに短パンみたいな水着で、露出は決して高くない。
なのに、ヒンヤリとした感触もさることながら、杉崎さんの目線に羞恥心を煽られて一刻も早く脱ぎたいとムダな抵抗だとは分かってて、腕で胸元あたりを隠した。
……杉崎さんの前で着た事が嫌なんじゃない。
どうせなら、杉崎さんには引き締まった身体で着たビキニとか、見て欲しかった。
こんな何の変哲も無いフィットネス水着をしかもお風呂場でなんてさ…
ムスッと視線を横に外したら
「ぶっ!」
上から熱めのシャワーが降り注ぐ。
「あーごめん。顔にかかった?」
杉崎さんがシャワーをフックにかけてから、私の濡れた顔を指で拭う。そのまま楽しそうにフハって吹き出した。
「すげー不服顔」
「だ、だって…」
私の話を聞く気がないのか「ん~?」と曖昧な相槌を打ちながら首筋に唇をくっつけチクリと甘い痛みを残す杉崎さん。
「これ…水着になったら隠せないね。」
さっきとはうって変わって、鼻歌を歌い出しそうな程、ご機嫌で、その髪が完全に濡れ、前髪が目元まで隠し、水滴が頬へ流れ落ちている。
柔らかくも不適な笑みにゾクリと背中が音を立て頬が上気した。
降り注ぐシャワーを浴びながらの口づけは、いつもより水気を含み、唇の柔らかさがより顕著に感じる。
「…俺の。」
杉崎さんが鼻をすり寄せ、言っては微笑む。
水着のジッパーを少しずつ下ろして、露わになっていく身体をその指先がイタズラに何度も滑りゆく。
わき起こる疼きを懸命に堪える私の唇に、優しく深いキスが降ってきた。
もう……立っている足にあまり力が入らない。
杉崎さんの腕に腰から支えられてやっと。自分でも分かるくらい、目がうつろで頭の中は真っ白だ。
ただ…目の前の、杉崎さんの事しか、考えられない。
「……可愛い。」
「か、可愛くなんか…」
中途半端に脱がされた水着のまま、口を尖らせると、おでこをコツンとつけられた。
「俺が可愛いつってんだからいいんだよ。」
優しく柔らかい声色。
それと同じくらい…それ以上に優しい唇。
それに気持ちが込み上げ、鼻の奥がツンとする。
……杉崎さんのキスは。
いつ、どんなときでも…どんなに不機嫌でも、優しかった。
大切なものをそっと丁寧に想いを込めて扱うかの様に、柔らかくて甘くて。
最初は、そうされることで、傷つき殻に閉じこもっていた自分が癒やされたと言うだけ。
ただ、ただ、その優しさに救われてた。
……けれど。
今は違う。
優しさに酔いしれ、愛おしさが込み上げて…苦しくなる。
『懐きなよ、ペットさん?』
……わかってる。
私は『杉崎さんの気持ちを知りたい』なんて欲を持って良い存在じゃ無い。
「沙奈。次、いつプール行くの?」
湯船の中で、私を上に座らせて背中から包み込む杉崎さんが私の肩にその顎を乗せたら、少し水面が湯気と一緒に波立った。
「えっと…来週どこかで…い…」
「…『い』?」
途中で言葉を切った私をクッと笑う。
「あ、あの…行ってもいいんですか?」
「なんで?別に倒れるほどスパルタにやってるわけでもなさそうだからいいんじゃない?無理は禁止だけど、歩く位は沙奈がやりたいならやればいいじゃん。」
思わず脱がされた水着に目線をやった。
……私がプールに行って水着を着るのが嫌なのかと思ったけど。
それは単なる私のうぬぼれってヤツか…
モソモソと湯船の中で杉崎さんの手が動いて引き寄せられて、背中に唇がくっついた。
身動きがとれない中、こそばゆさで身体をビクンと揺らしたら、水面もパシャンと少しだけ揺れる。
「沙奈の水着姿見せて頂いたんで、俺は満足ですよ?」
「………。」
「沙奈?」
肩越しに覗き込む杉崎さんを一瞥して、そのままフイッと視線を逸らした。
「あらま。ご機嫌ナナメ?」
杉崎さんが肩に再び顎を乗せて、くふふと耳元で笑う。
……いつも入るお湯よりも気持ちよく感じるのは、きっとこの腕に包まれているから。
そして。
「…き、機嫌が悪いわけじゃなくて。ただ…ちょっと落ち込んだだけです。」
「何で。」
「だって。ど、どうせなら…フィットネス様じゃなくて、もっと可愛い水着姿…見て欲しかった…から…」
鼓動が早くなっても、全身が熱くなっても、素直な言葉が出て来てしまうのはきっと、杉崎さんの腕の中が優しいから。
「んじゃあ……明日はセクシーな水着でお願いします。」
「あ、明日?!
や、そ、そういうことじゃなくて!その…もっと身体が引き締まって…」
「あ、俺黒ビキニ希望。や…真っ白もいいかな~!あーどうしよ!」
「す、杉崎さん…違うんですってば!」
腕をふりほどいて振り返る私をハハって今度は声を出して笑ってる。目尻に皺を寄せ、目を細くするその顔に、キュウッと心が掴まれた。
「まあ…ともあれさ。
次、プールに泳ぎに行くときは言って?迎えに行く。」
「えっ?!大丈夫ですよ?そんなに遅くはならないから…」
「や、二人で集合しちゃえばその後の飯がラクじゃん。どっかで食って帰れば済むから。運動した後飯作るのだるくない?」
「そ、それは…まあ…。でも、杉崎さんが大変です。」
「んなことないでしょ。俺、仕事の後はゲームする以外暇だもん。」
杉崎さんが私を抱きしめ直して、さっき痕を残した首筋に再び唇をつけた。
「……俺が迎えに行くつってんだから、大人しく迎えに来られてればいいんだよ、沙奈は。」
その柔らかい感触にも言葉にも、嬉しさと一緒に痛みと苦しさが込み上げる。
私は……“杉崎さんが好きなんだ”って…。