オレノペット
真綿のごとく
◇
ー遡ること数年前ー
ニューヨーク支社に転勤になって数年後、日本の本社で新人時代に世話になった人から「杉崎君にどうしても手を貸して欲しい」って頼まれて。
丁度ニューヨークで色々あった時期だったから丁度いいなーって、3ヶ月位のリミットで帰国した。
…のは良いんだけど。
「す、杉崎さん…その…付き合ってもらえませんか?」
「あ~…ごめん。今、忙しいし、そういう気、まーったく無いのよ。もうすぐニューヨークに帰っちゃうしね。」
「そ、そうですか…じゃあ、あのせめて帰るまででも…」
「や、だからさ…そういう暇がね?」
「じゃ、じゃあ一度飲みに行きませんか?」
…どういうわけか、出社した次の日位から、あっちこっちから女の子が入れ替わり立ち替わり営業一課に尋ねて来ちゃって。仕事になりゃしない。
なんだろう…。
日本てこんな感じだった?
すんごい面倒くさいんですけど。
まあ…『NY社から来た助っ人』なんて言われりゃ、かっこよく見えるんだろうね。
いや、好意を持って貰えるのは、嬉しいことではあるよ?
ただね…時間を問わず、来られてしまうと、何のための『助っ人」なのかわからないって話でさ。
仕事にストイックで有名な同期の唯斗がイライラし始めちゃって、俺を庇って一蹴しはじめて…一時的に減少はしたけど。
そんな余計な事で唯斗に気を遣わせるのは絶対に俺が嫌だった。
仕方がないから、食い下がる子はとりあえず飯食いにいったり、まあ…適当にあしらってたんだけどさ…これが、切りが無くて。
後から後から…会社にこんなに女子がいたのねって位に来る。
けれど、職場で色々トラブルを起こすわけにもいかないから、相手もしつつ、仕事の方は迷惑かけないように、寝る時間削って何とか踏ん張ってた。
でもさ、俺だって超人的な肉体の持ち主じゃないわけよ。
至ってフツーのサラリーマン。
そりゃ、二日も三日も寝ずに働いて、女の子の相手して…ってやってたらフラフラにもなるわけで。
…あー眠い。
あー…だるい。
日本にいる間、ずっと続くのかな、この生活…。
眠気と戦い若干フラフラしながら、経理の窓口に出張経費の書類を出しに行った、とある日の昼休み直前。
「この書類、通ります?」
あくびしながら入ってきて書類を差し出した俺をカウンターに座っていた女の子が、パソコンから顔を上げてメガネ越しにジッと見た。
「…何?」
「あ、いえ…えっと…課長が戻ったらまたご連絡いたします。」
「うん、ありがとうございます。」
んじゃ…どっか穴場探して寝よっかな。
眠い目をこすりながら、またあくび。
踵を返して、経理課を後にして…廊下に出てすぐだったと思う。
「あ、あの…!」
少し高めの緊張した声があたりに少し響いた。
振り返ったそこには、さっきの経理の子。
「…何か書類に記入漏れありました?」
「い、いえ…そうではなくて…こ、これから、休み時間…ですか?」
「ああ…はい、まあ……」
メガネの向こうの顔が耳まで真っ赤。
俯く顔と身体が若干緊張で震えてる。
…十中八九、だね、これ。
咄嗟に思った。
別にこの子が悪いってわけじゃない。
けど、疲労がピークに来てた俺は、心の中で数え切れないほどついてきた、舌打ちとウンザリの溜息を吐き出した。
「あ、あの…少しだけお時間ありますか…?」
「うんまあ…ちょっと穴場でも探して、昼寝でもしようかなって思ってましたけど。」
「そう…ですか…」
「あーっと…ここで話す?」
「い、いえ…こ、こちらへ…」
あーあ…仮眠が取れる貴重な休み時間だったのに。
つか、わざと『昼寝する』って言ってみたんだけど、「じゃあ次の機会に」とならない…。全然人の話聞いてないね、この人。
なんて、思いながらついていった先は、会社の地下の奥の、奥。
『在庫管理室』って書かれた小さな部屋だった。
「あ、あの…ここ、普段誰も来ないし、その割に冷暖房が何故か完備で…穴場なんです。」
俺を招き入れたその子は、俺と目を合わせる事も無く、俯き加減に睫毛を揺らして相変わらず顔を真っ赤にしている。
…けれど。
「で、出過ぎた真似をしてしまい、すみません。お疲れの様だったので…。
ここでしたら、誰にも邪魔されずに仮眠出来るかと思います。」
「目が充血している様なので良かったら使ってください」とホットアイマスクを差し出しながらお辞儀をして、そのまま俺を置いて去って行く。
……や、待ってよ。
それだけ?
ほら、あるでしょ?
何かほら…「杉崎さんが気になってました」みたいなさ…
手にした“ホットアイマスク”に目を落とした。
……無いんだ。
うん、無いんだよね。
ただ、俺をここに連れてくるって目的だけ。
『ちょっと穴場でも探して、昼寝でもしようかなって思ってましたけど。』
『そう…ですか…』
…人の話を聞いていないんじゃなくて、ちゃんと俺の行動を確かめてただけ。
その上で、ただ口頭でこの場所を教えるより、案内した方が、俺の労力が少ないって思ったわけだ。
苦笑いで、壁にもたれ腰を下ろした。
「あ~…」
頭も壁につけて、目を腕で覆う。
…すっげー恥ずかしいじゃん、俺。
どんだけ自惚れてんだよって話だよ。
そう思ってんのに、何か顔は笑ったまんまで。
……名前位チェックしときゃ良かったな。
まあ…また経理課に用事つくって行きゃいいか………
そのまま、その子を思い描きながら心地よい微睡みに落ちた。