レンアイゴッコ(仮)
歩ける距離の場所で待ち合わせをしていたので、さほど迷わずに到着できた。

それと、単独に乗り込まず、東雲が来てくれて良かったと、目の前にして自分の浅はかさに気付かされた。

「……あ、いた」

「…………どれ?」

数メートル先でスマホを見る男。左半身を凭れる癖も見慣れたスーツ姿の男は、たった数日前まで私の恋人だった正爾だ。

あの時、自分の中で確かに消化出来たはずなのに、感情が動かされてしまう。

「(……手、震えてきた……)」

こうも、あっさりと。

すると突然東雲は私の肩に手を置きくるりと反対方向を向かせた。

「えっ、なに?」

「こっち」

戸惑う私を東雲は広場の中心にある大きな街路樹の向こう側にあるベンチまで連れてきた。成り行きに任せていると、コーヒーを押し付けられきょとんと瞬きさせる。


「すぐ帰ってくるから、これ持って、AirPods耳に入れてここで待ってて」

「何言って……私が話に行くよ?」

主体は私で東雲は付き添いとばかり思っていたから寝耳にドバドバと濁流を流し込まれている状態だ。

「言ってなかったけど」

すると突然、東雲は何やら真剣な面持ちになった。思わず息を飲む。

「' 金わら 'に裏メニューあんの。今度瀬尾さんに頼んで出してもらうから今日は俺に任せて」

「お願いします」


責任感は無責任な食欲にあっさりと負けた。
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