こっから先ははじめてだから
憂先輩との出会いは、央海倉庫横浜支部に私が在籍していた時、先輩が出張で横浜支部にやってきたのがきっかけだった。
その頃先輩は神戸支部の経理部所属で、新システム移行に伴う合同研修が横浜支部であったのだ。
研修室で経理部参加者リストが資料と共に配られて、“憂李月”の名前を見た瞬間、すぐに思い出した。
日本数学オリンピックで5年連続銅賞の憂李月。
なんだか可愛い名前だし、サイトのインタビュー記事にも顔写真が載っていたからよく覚えていたのだ。
コミュ力に欠ける私は、その時だけコミュ力の神様が下りてきた。
彼の名前が載る座席のところに行って、無我夢中で話しかけた。
「あの!日本数学オリンピックで5年連続銅賞の、憂さんですよね?!」
5年連続で名前が載るなんて本当に尊いことだから。
あこがれの存在だったし、ただ必死に話しかけたんだ。
でも彼の性格なんて全く知らなかった私は、一瞬にして凍り付いた。