おれは“祓えない退魔師”

第二話

 校舎に入ると、外からみた通り中もオンボロだった。廃墟かと思うくらい薄暗くて埃っぽい。床を踏むたびにミシッと音がして、今にも底が抜けるんじゃないかと不安になる。

 「お、ここやな」
 
 しばらく廊下を進んでいると、右手に保健室と書かれた部屋を見つけた。

 「すみませーん!倒れてる奴がいてーー!」

 保健室の扉をノックして開ける。ふわりと薬草の匂いがして、中にいたのは白衣を着たきれいな女の先生だった。長い黒髪はサラサラで、ハーフアップにしていた。

 「あらあら、どうぞ入って~。背中の子はベッドに寝かせてね」

 先生に案内されて背負っている子をベッドに寝かせた。

 「苦しそうね~」

 先生は、寝てる生徒のシャツのボタンに手をかけて胸元を開く。

 「こいつ、憑かれてるみたいなんっすけど、大丈夫かな?」
 「山狐ね~」
 「狐?」
 「この時期によく現れるのよ~。新入生をからかって遊んでるみたい」
 「マジかよ……」
 「風物詩みたいなものね~」

 (いやいや、風物詩って……)
 
 「すぐに楽にしてあげるからね」

 そう言うと先生は、そっと寝てる生徒の額に触れる。その瞬間ーー

 『……あそぼ?』
 「うわぁぁぁぁぁ!!」

 生徒はガバッと起き上がり、血走った目をぎらつかせている。明らかに、様子がおかしい。

 『ねぇぇ、あそぼうよ!!』

 ぐりんと首を曲げて俺の方をみる。目を細めてにやりと笑った。

 (ロックオンされた!!?)

 「逃げろ!」
 「言われなくても!!」

 ベッドの上で暴れる生徒を、糸目男子が必死に押さえてくれている。俺はその隙に保健室の扉へと走った。

 (なんなんだよマジで! やっぱ関わるんじゃなかった)

 扉の近くにある鏡が視界に入った。暴れている生徒の姿が映っている。
 ーー泣いていた。

 「……っ! 仕方ねぇな! もう!」

 俺はすぐさま踵を返し、ベッドへと戻る。

 「暴れんなって!!」

 泣きながらも俺に嚙みつこうとするので、肩を押さえつけてベッドから起きられないようにした。

 (怖い。めちゃくちゃ怖い)

 本当はすぐにでも逃げ出したい。心臓がドクドクして背中は汗でびっしょり。足もがたがた震えて力が入らない。

 (でもーーここで逃げ出すわけにはいかない。このままじゃ、こいつがーー)

 「はいは~い、静かにね~」

 パンッ、と先生が手を叩く。
 暴れていた奴が急におとなしくなり、空気が変わった。

 「そこ、出てきなさい」

 するり、と生徒の肩から、何かが引きはがされる。

 「うわぁ!」

 肩を押さえつけている俺の手をすりぬけて、白いもやのようなものがゆらゆらと狐の影を形作った。

 「ぎゃあああああ!!」
 「元気ねぇ~」

 それは先生が準備した竹筒のなかへ、シュッと吸い込まれていった。

 「はい、おしまい」

 カコン、とフタを閉めてにっこりと笑う先生。

 「早っ!! そんな簡単に祓えるのかよ!」

 竹筒を軽く振りながら、うふふ、と笑う先生。

 「簡単そうに見えるだけや。その竹筒がカギですよね?」
 「あら、ご名答~」

 先生はうれしそうに竹筒をみせてくれた。

 「これはね、わたしのお手製の除霊アイテムなの」
 「ここに霊力を注ぎ込んだってことですか?」
 「そうよ~。フタを開けると、自動的に吸い込んでくれるの。便利でしょ?」
 「へぇ~ええなぁ~」

 糸目男子は興味深そうに竹筒を観察している。

 「……う~ん」

 山狐に憑かれていた生徒が、ゆっくりと目を開けた。

 「……ここ、どこ?」
 「保健室だ。大丈夫か?」
 「あ、うん……っ、ごめんね」
 「なんで謝るんだよ」
 「……ぼく、きみにひどいことをーー」
 「意識あったのか?」
 「……少しだけ」

 先生と糸目男子も気づいてベッドの方へきた。

 「目が覚めたのね。気持ち悪くない?」
 「……はい。身体が少し重いです」
 「きみ、山道で倒れとったんやで」
 「あ、ごめんなさい……っ、迷惑かけちゃって」

 目が覚めたばかりで、意識がはっきりしないようだ。

 「憑かれてたんだからしかたねぇよ、気にすんな」
 「ありがとう」
 「おう、えっとーー」
 「あ、ぼくは伊都。白縫伊都だよ」
 「俺は神代祐だ」
 「はい、俺は東雲東間や。よろしゅう~」
 「ふふっ、保健室のやよい先生です。よろしくね~」

 「あ、その子……」
 
 東間の手にある竹筒を見ている。

 「伊都に憑りついてた山狐、やよい先生がこの中に封印してくれたからな。もう大丈夫だ」

 ゆっくりと身体を起こし、竹筒を手に取った。

 「寂しかったんだよ」
 「……は?」
 「ただ遊んでほしかったんだよ」
 「いや、お前、やばかったんだぞ?」
 
 伊都は、竹筒を愛おしそうに撫でている。さっきの涙を思い出した。

 (こいつにはそう見えてたのかもな……)

 「優しいのね~」

 やよい先生が、にこっと笑う。

 「でもね、退魔師は祓うお仕事だから、今のままじゃ大変よ?」

 少しだけ、空気が重くなる。伊都は、ぎゅっと手を握り、コクンと小さくうなずいた。

 (無理してんだろうな……俺みたいに)

 「ーー無理だ」

 静かな保健室に、冷たい声が刺さる。
 振り向くと、あいつがいた。
 さっきの冷たい奴、保健室の入り口に寄りかかり、えらそうに腕を組んでいる。

 「そいつは退魔師に向いていない」
 「……はぁ?」
 「情に流される。祓えない。足手まといだ」

 淡々と、言い切る。
 伊都の肩が、びくっと揺れた。

 「てめぇーー」

 思わず前に出る。
 でも、奴はこっちを見ない。
 ただ、伊都を、じっと見ていた。

 「退魔師の仕事は遊びじゃない。覚悟のない奴は帰れ」

 その声は冷たいのに、ほんの一瞬だけ、苦しそうに見えた。

 (……なんなんだよ)

 「はいはい、その辺にしてね~。そろそろ入学の儀式が始まる頃じゃないかしら? みんなを呼びに来てくれたのよね?」

 やよい先生の問いかけに、奴は「はい」とだけうなずいて、保健室を出て行った。

 「入学の儀式!? 聞いてないんですけど!?」
 「まあ死にはせぇへんよ。たぶん」
 「おぉいぃ!! たぶんってなんだよ!?」

 (マジで勘弁してくれ……)

 俺たち二人のやりとりに伊都がクスクス笑っていた。
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