おれは“祓えない退魔師”

第三話

 三人で校庭に出ると、真ん中に大きな円が描かれていた。その中に、漢字や線が複雑に配置してある。魔法陣だ。

 (たしか、結界を張ったり、式神を配置したり、できるんだよな)

 それを囲むように新入生が集合している。

 (全部で二十人くらいか? 少なくね?)

 「新入生、全員集まったかのぉ〜」

 朝礼台に立っているのは小さな老人。台に立っているのに、隣に立つ先生よりも小さい。老人はオッホンと咳払いし、マイクに向かって話し始める

 「ワッシはっ、こうちょーのっ、ばっ、ばっ、ばっーーー」

 マイクスタンドが高いせいで、校長はジャンプしながら話している。ところどころ、マイクに声が届いてないせいで、何を言っているのかよくわからない。

 (あの校長で大丈夫なのかこの学校!?)

 隣に立つ先生がスタンドからマイクを外して、それを校長に手渡した。うむ、とうなずいて、再びオッホンと咳払いし、仕切りなおす。

 「ワシは校長の万楽(ばんらく)じゃ。これから入学の儀式を執り行う。みな、大いに楽しむように!」

 楽しければ万事よし!、と最後に締めのセリフを言って、ふぉっふぉっふぉっと笑いながら退場してしまった。

 (帰るなよ!)

 先生たちが動き出し、儀式の準備をしている。みんな、静かにそれを見守っていて、緊張した空気が流れていた。

 「いやぁ~あの校長、キャラ最強やな」
 「ぼくより小さくてかわいかったね」

 東間と伊都がマイペースに話している。この二人はあまり緊張していないようだ。

 「入学の儀式って、どんなことするのかな?」
 「さぁ~? 例年やと、封印されてる(あやかし)と対峙するんやけどーー」
 「対峙……!? って、なに?」
 「まあ要するに、出てきたのをどうにかするってことやな」

 隣の東間が、けろっとした顔で言う。

 「どうにか、って!?」
 「祓うとか、抑えるとかーー」

 東間は、ちらっと伊都をみてから言葉をつづけた。

 「仲良くなるとか?」
 「それなら、ぼくにもできるかもしれない」

 ぱぁぁと伊都の表情が明るくなる。

 「いやいや、おかしいだろ!」

 ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる。急に腹の底が悲鳴を上げた。

 (やべー……緊張して腹が痛くなってきた)

 「ちょっとトイレにーー」

 トイレに行こうとしたら、教師のひとりがスッと前に出てきた。

 「これより、“入学の儀”を行います。名前を呼ばれた生徒は前に出て、封じられた妖と対峙してもらいます。妖への対処法は各自に任せます」

 (始まっちゃったよー!!)

 「夜刀(やと)士稀(しき)、前へ」
 「はい」

 (あ、あいつだ)

 感じの悪い銀髪が一番最初に名前を呼ばれ、何の戸惑いもなく円の真ん中に立つ。
 そして空中に手をかざすとシュッと日本刀が現れた。それを手に持ち、構える。

 (日本刀、あれがあいつの霊具(霊力を込めた武器))

 教師が手をかざした。空間が歪み、黒い影が現れる。牙をむいた獣のような妖。ざわ、と新入生がざわめく。
 妖は、肉食動物のように警戒しながら、銀髪の周りをゆっくりと周る。
 銀髪もじっと妖の様子をうかがっている。

 「遅い」

 銀髪が、ぽつりと呟いた。次の瞬間、影が音もなく消えた。

 「……は?」

 (今、なにが起きたんだ?)

 早すぎてなにも見えなかった。

 「終了です」

 教師が淡々と言う。

 「ほぇ~やるなぁ~」

 東間が感心している。その隣で、伊都は目を見開いて驚いている。周りの生徒たちもざわついていた。
 銀髪は何も言わず、元の位置に戻る。一瞬だけ、こっちをみた。目が合ったけど、すぐに逸らされる。

 (なんだよあいつ……!)

 「次、東雲東間」
 「はいはーい」

 軽い足取りで円の中に入っていく東間。

 「東間くん、がんばってね」

 伊都の声援にひらひらと手を振る。余裕そうだ。
 さっきと同じように、教師がてをかざすと妖が現れた。今度は細長い影が、不気味にうねうねと動いている。

 「お、元気やなぁ」

 東間は笑いながら、一歩踏み出した。

 「なんやヘビみたいな動きしよるから、祓うのは気が引けるけどーー」

 東間がひらりと手を振り、空中に五芒星を描いた。それだけで、影がぴたりと止まった。

 「……え(どういうこと?)」

 俺が戸惑っている隙に、東間は軽く指を鳴らした。
 パチン。
 影が、霧のように消えていく。

 「はい、おしまい」

 穏やかに笑い、飄々とした様子でこっちに戻ってきた。

 「東間くん、すごい!」
 「なにしたんだよ!?」

 目を輝かせている伊都と、衝撃を受けた俺に詰め寄られて、やっと少し驚いた顔をした。

 「まぁまぁ、落ち着き」
 「いや、だってさ、指でパチンって! それだけで妖がーー!」
 「東間くん、かっこいい!」

 「次、白縫伊都」
 「あ……はい」

 さっきまで興奮していたのに、名前を呼ばれた途端におとなしくなった。不安そうにため息をついて、おずおずと円の中へ入っていく。

 (あいつ、大丈夫か……)

 俺はおもわず身を乗り出して叫んだ。

 「伊都ー! リラックスー!」

 伊都はちらっと振り返り、コクンと小さくうなずいた。
 妖が現れる。小さな、子どものような姿をした影。伊都は構えない。

 「……ねぇ」

 その影に、そっと話しかけた。

 「きみも、寂しいの?」

 影が、ぴくりと動く。ざわ、と空気が揺れた。

 「まさか、あいつーー!」

 伊都はしゃがみ込み、妖をじっとみつめる。

 「大丈夫だよ」

 妖に向かって手を差し出した。その瞬間ーー影が、すっと近づいた。

 「ちょっと待っーー」

 俺の言葉が終わる前に、影が伊都に触れる。

 「ーーっ!」

 びくん、と伊都の身体が揺れた。

 「ああ、また憑かれてもうた」
 「おぉぉいぃぃぃ!!」

 東間が苦笑いし、俺は頭を抱える。
 すかさず教師が介入し、さっと影を祓った。

 「はい、終了です」

 先生は心配そうに伊都に声をかけた。伊都はうなずくと、ふらふらとこちらに戻ってきた。

 「……大丈夫かよ?」
 「ぼくは大丈夫……あの子ともっと遊んであげたかったな」
 「いやいやいや、お前なぁ~」

 「次、神代祐」
 「げっ……」

 ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる。
 また腹が痛くなってきた。
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