【電子書籍化】出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
 カサリと布の擦れる音がするのは、アンヌッカが寝返りを打ったから。
 さすが王城の客室である。備え付けの調度品も、アンヌッカが見ても高価なものだとわかるようなものばかり。下手に触って壊してしまうのではないかと思えば、できるだけ触れないようにしようと思うのだ。
 寝具もふかふかでやわらかく、そして軽い。心地よいぬくもりが眠気を連れてきてくれるものの、どこか緊張が勝っていてまだ眠れそうにない。
 もう一度寝返りを打つ。
 掛布を肩まで引き上げて、しっかりと目を閉じる。
 マーレ家の屋敷も静かな場所だが、この客室も物音一つしない。隣室との壁も厚いのだろう。いや、社交シーズンでもないこの時期に、他の客室に宿泊している人間などいない。
 囮であるのはわかっているけれど、本当に敵がやってくるかどうかもわからない。そのような状況で眠れるほど、アンヌッカだって神経は図太くない。
 室内があまりにも静かすぎて、自分の心臓の音がより大きく聞こえてしまうほど。そうなれば意識してしまって、やはり眠れそうにない。
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