【電子書籍化】出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
 木の匂いの立ちこめる研究室は、風情溢れるといえば聞こえはいいが、当時の予算の関係で木造になった。しかし、建て替えようかという話も出ている。最近になって、そうできるだけの儲けが出てきたためだ。
「……はぁ」
 それでもアリスタの表情は暗く、先ほどから何度目かわからないため息をつく。
「お父様、どうかされました?」
 所長室で父の仕事を手伝っていたアンヌッカだが、アリスタのため息が五十回を過ぎた頃、そろそろ声をかけたほうがいいだろうかと、兄のマーカスと顔を見合わせた。
 すると兄が、視線でアンヌッカに声をかけろと訴えてきたため、仕方なく彼女が父親にそう尋ねたというわけだ。
 父親は書類から顔をあげてアンヌッカの顔を見るとため息をつき、再び書類に視線を落として、ため息をつく。
「お父様……?」
 もう一度声をかけてみれば、小さく「すまない……」と返事があった。
「何が、ありました?」
「……アンに縁談がきている」
「え?」
 いったい何を言われているのか、アンヌッカには理解ができなかった。驚きパチパチと目を瞬かせている間に、マーカスがすっと立ち上がり、父親の席へと向かう。
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