🍶 夢織旅 🍶 ~三代続く小さな酒屋の愛と絆と感謝の物語~
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その2週間後、ふじ棚の店主から電話があった。
「紹介したい人がいるから、店に来てくれ」
醸は取るものも取り敢えず店に向かった。
店に入ると、精悍な顔立ちをした男性がテーブルに座っていた。
「内藤庄次です」
彼は若い女性向けのカジュアルレストランを経営していた。店名は『ないしょ』。東京と神奈川で33店舗を展開しており、埼玉や千葉でも開店準備をしていた。
「面白い店名ですね」
「ええ、いつも言われます。そして、漢字ではなく平仮名にした理由はなんですかって、よく聞かれます」
それは小学生低学年の頃につけられたあだ名で、内藤の〈ない〉と庄次の〈しょ〉で〈ないしょ〉になったのだと苦笑いのようなものを浮かべた。
彼はローマとフィレンツェのレストランで修行をしたあと、六本木で初めて自分の店を持つ時に横文字の店名を考えたが、横文字の店は六本木に溢れていたので、中途半端な店名だと知名度のない自分の店は埋もれてしまうと考え、お洒落な日本語を探した。
しかし、納得のいくものには出会えなかった。辞書をめくっても、これはというものに巡り合うことはなかった。疲れ果てた内藤は気分転換に散歩に出かけた。
それは、芋洗い坂を通って六本木交差点に差し掛かった時だった、誰かに呼び止められたという。
「ないしょ、じゃないの」
小学校の同級生だった。
「懐かしいな。まさか、こんな所でないしょに会うなんて」
そこで立ち話になって近況を伝えると、「えっ、お前が店を持つの? ないしょの店?」と驚いたようだったが、その時、これだ! と閃いたそうだ。
「店名の説明はそれくらいにして、そろそろ」
同じ話を何度も聞かされてうんざりしているのか、店主が本題を促した。すると、「そうですね」と彼は居住まいを正した。
「お願いがあります」
声に力が入ったので、醸は思わず背筋を伸ばした。
「このふじ棚の料理が大好きで、よく通っています。店主が選ぶ日本酒を飲むのも楽しみで、料理と日本酒のマリアージュの妙にいつも感心しています」
そこで彼は店主から一升瓶を受け取った。醸が納品した17年物の古酒だった。
「これを飲んで驚きました。なんだこれはと。こんな日本酒があったのかと。それで店主にしつこく聞いたのです。最初は笑って相手にされませんでしたが、それでも諦めませんでした」
すると店主が苦笑いのようになって、「あまりにしつこく聞かれるので、華村さんのことを教えちゃったんだよ」と言い訳の口調になった。
「それで、ぜひ紹介してくださいとお願いしたのです。お願いというのは、若い女性が飲みやすい日本酒のことなんです。アルコール度が低くて、かつ、爽やかですっきりした日本酒を探しています。華村さんのところで扱われていませんか」
彼の店はイタリアンで、客層が若く、そのため軽めのワインを勧めることが多いのだが、ふじ棚に通う度にイタリアンと日本酒のマリアージュができないかと考えるようになったのだという。
「それで、自分の料理に日本酒を合わせようと試みているのですが、中々うまくいかないのです。日本酒のアルコール度ってほとんど15パーセント以上ですよね。カジュアルなうちの料理には、そして客のほとんどを占める20代の女性にはちょっと強すぎるのです。そこでビールと同じくらいのアルコール度の日本酒がないかなって思ったんです」
それで、もしかしてと思って店主に紹介を頼んだのだという。しかし、それに応えることはできなかった。
「残念ですが、そんな低いアルコール度の日本酒は扱っていませんし、聞いたこともありません」
「そうですか。扱われていませんか……」
がっかりしたような表情になって残念そうに何度も首を横に振ると、かわいそうに思ったのか、店主がフォローするように声を発した。
「どこかで見つけたら、すぐに教えてやってよ」
醸は頷くしかなかったが、その日が永遠に来ないような気がして、心の中がどんよりと曇った。
その2週間後、ふじ棚の店主から電話があった。
「紹介したい人がいるから、店に来てくれ」
醸は取るものも取り敢えず店に向かった。
店に入ると、精悍な顔立ちをした男性がテーブルに座っていた。
「内藤庄次です」
彼は若い女性向けのカジュアルレストランを経営していた。店名は『ないしょ』。東京と神奈川で33店舗を展開しており、埼玉や千葉でも開店準備をしていた。
「面白い店名ですね」
「ええ、いつも言われます。そして、漢字ではなく平仮名にした理由はなんですかって、よく聞かれます」
それは小学生低学年の頃につけられたあだ名で、内藤の〈ない〉と庄次の〈しょ〉で〈ないしょ〉になったのだと苦笑いのようなものを浮かべた。
彼はローマとフィレンツェのレストランで修行をしたあと、六本木で初めて自分の店を持つ時に横文字の店名を考えたが、横文字の店は六本木に溢れていたので、中途半端な店名だと知名度のない自分の店は埋もれてしまうと考え、お洒落な日本語を探した。
しかし、納得のいくものには出会えなかった。辞書をめくっても、これはというものに巡り合うことはなかった。疲れ果てた内藤は気分転換に散歩に出かけた。
それは、芋洗い坂を通って六本木交差点に差し掛かった時だった、誰かに呼び止められたという。
「ないしょ、じゃないの」
小学校の同級生だった。
「懐かしいな。まさか、こんな所でないしょに会うなんて」
そこで立ち話になって近況を伝えると、「えっ、お前が店を持つの? ないしょの店?」と驚いたようだったが、その時、これだ! と閃いたそうだ。
「店名の説明はそれくらいにして、そろそろ」
同じ話を何度も聞かされてうんざりしているのか、店主が本題を促した。すると、「そうですね」と彼は居住まいを正した。
「お願いがあります」
声に力が入ったので、醸は思わず背筋を伸ばした。
「このふじ棚の料理が大好きで、よく通っています。店主が選ぶ日本酒を飲むのも楽しみで、料理と日本酒のマリアージュの妙にいつも感心しています」
そこで彼は店主から一升瓶を受け取った。醸が納品した17年物の古酒だった。
「これを飲んで驚きました。なんだこれはと。こんな日本酒があったのかと。それで店主にしつこく聞いたのです。最初は笑って相手にされませんでしたが、それでも諦めませんでした」
すると店主が苦笑いのようになって、「あまりにしつこく聞かれるので、華村さんのことを教えちゃったんだよ」と言い訳の口調になった。
「それで、ぜひ紹介してくださいとお願いしたのです。お願いというのは、若い女性が飲みやすい日本酒のことなんです。アルコール度が低くて、かつ、爽やかですっきりした日本酒を探しています。華村さんのところで扱われていませんか」
彼の店はイタリアンで、客層が若く、そのため軽めのワインを勧めることが多いのだが、ふじ棚に通う度にイタリアンと日本酒のマリアージュができないかと考えるようになったのだという。
「それで、自分の料理に日本酒を合わせようと試みているのですが、中々うまくいかないのです。日本酒のアルコール度ってほとんど15パーセント以上ですよね。カジュアルなうちの料理には、そして客のほとんどを占める20代の女性にはちょっと強すぎるのです。そこでビールと同じくらいのアルコール度の日本酒がないかなって思ったんです」
それで、もしかしてと思って店主に紹介を頼んだのだという。しかし、それに応えることはできなかった。
「残念ですが、そんな低いアルコール度の日本酒は扱っていませんし、聞いたこともありません」
「そうですか。扱われていませんか……」
がっかりしたような表情になって残念そうに何度も首を横に振ると、かわいそうに思ったのか、店主がフォローするように声を発した。
「どこかで見つけたら、すぐに教えてやってよ」
醸は頷くしかなかったが、その日が永遠に来ないような気がして、心の中がどんよりと曇った。