【おまけ追加】塩対応の汐宮先生は新人医局秘書にだけ甘くとける
「ばあばっ!」

 突然入ってきたのは小さな男の子だ。
 お母様が座る席へ駆けつけると、ごく自然に膝の上に抱き上げられた。

「一真! どうしたの?」

「おじちゃんにあいにきた」

「お邪魔しますー」

「兄貴……」

 男の子から遅れて入ってきたのは、汐宮先生のお兄さんと、おそらく奥様と思われる方。

「たまたまこっちまで出てきていて、京香と気になったものだから寄ってみたんだ」

「京香……」

「永真、ちっとも帰ってこないんだもの。
それに……気になるじゃない?」

「……」

 にこにこと話しかける兄夫婦だが、汐宮先生の様子が少しおかしい。
 突然黙ってしまって、まとう空気がスッと冷めた気がした。

「もう、驚かせるんだからー。
叶恋ちゃん、永真の兄夫婦なの」

「あ、伊原叶恋です!」

 私は慌てて立ち上がり、挨拶をした。

「永真の兄の汐宮硏真(けんしん)です。こっちは妻の京香(きょうか)

「京香です。私は永真の大学時代の同級生なの。
よろしくね」

「よろしくお願いします」

「じゃあ、一真もご挨拶しましょうか」

「しおみやいっしんです! 4さいです!」

 おばあちゃんに促された一真くんが可愛らしく挨拶をしてくれた。とっても元気で可愛い子だ。

「伊原叶恋です。一真くんよろしくね」

「食事の邪魔してごめんね」

「いえ! とんでもない」

「私たちはご挨拶したかっただけなの。すぐに失礼するわ、ね?」


 お兄さん夫婦はお互いに目を合わせ、すぐに退散しようとされた。
 とても仲が良さそうな夫婦だ。

 お兄さんと汐宮先生は背格好がよく似ているが、お兄さんの方が少し優し気な顔の印象だった。

 そして京香さんは私より少し小柄で、肩より長い髪をアップにし、前髪をポンパドールにして小さな顔に形のいいおでこを出している。パッチリした二重に、上向きウェーブのまつ毛がお人形さんのような人だ。

 同期というからには私より5歳以上年上なのだろうけれど、とても30歳を超しているようには見えない可愛らしさ。

 なによりも気になったのは服装だ。
 京香さんが着ているのは、白いひざ丈のワンピースに明るいピンクのカーディガン。おそらく今私が来ているブランドのものだ。
 私たちの服は合わせてきたのかと思われるくらい似ていた。

 そのことに違和感と少しの居心地の悪さを感じる。
 この部屋に最初からいるのは私なのに、なぜか私が真似をしているかのような……。

 それは私が今、お母様に会うためだけの、偽りの姿をしているからなのだろう。

 汐宮先生に目を向けると、やはり雰囲気がおかしい。先ほどから一度も喋っていないのだ。
 さっきまで親子喧嘩をするほど、お母様と楽しく喋っていたのに、今は壁を感じる。

「永真、おまえもうちょっと実家に帰ってきたらどうだ。正月も当直だって言って帰ってこなかったし」

「……脳外は忙しいんだ」

「まあ、緊急手術が多いのはわかるが、それにしても」

「ねぇ、永真。今度は叶恋さんも一緒に帰ってきなさいよ。叶恋さん、汐宮の家にも遊びにいらしてくださいね。あ、犬は大丈夫かな?」

「犬、ですか?」

「お父様が一真の誕生日にゴールデンレトリバーの赤ちゃんをくださったの。お庭で飼うつもりなんだけど、今はまだ小さいから家の中を転がっているのよ」

「わぁー! それは可愛いでしょうね」

 子犬かー。いいなぁ……うちは庭がないから飼えるとしても室内犬。汐宮家は大きな庭があるってことよね。
 そんな話を聞いたら双子が羨ましがるだろうな。

「いちまっていうの。いっしんのいぬ」

 一真くんが話しかけてくれた。

「いちまくん? 男の子なのね。 かっこいい名前!」

「一真、お前の名前をつけたのか?」

 ここでやっと汐宮先生が喋った。

「うん。いっしんのあいぼうだから!
じいじがつけてくれたの」

「……いい名前をつけてもらったな」

 汐宮先生が目を細めてそう言うと、一真くんはニコッと笑いながら「うんっ!」と言った。

 愛されている子供の笑顔は共通している。
 その笑顔が双子と重なって、私まで笑顔になる。

「じゃあ今度、叶恋と見に行くよ」

「うんっ! おじちゃんやくそくだよー」


 ◇ ◇ ◇


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