〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
同じ大きさに同じ形をした巨大な影が行儀よく整列している。ドミノ倒しでもすれば一気に倒れていきそうだ。
自転車のライトが照らす闇に沈んだアスファルト。ペダルを漕ぐ少女の制服のスカートが、夜風を含んでふわりと膨らんだ。
人口の多い大規模団地には敷地内にスーパーに薬局、本屋、郵便局や宅配便のサービスセンターまで備わっている。団地の住人が店の従業員であり客でもある。
例えるなら団地という場所はひとつの国だ。
まるでローマのバチカン市国みたいだと、少女は今日の世界史の授業を思い出しながら自転車の速度を緩めた。
団地に到着した時には22時が近かった。ここは東京都北区の都営豊北団地。
西村光の家は四号棟の二階にある。四号棟の駐輪場に自転車を置いた彼女は、隣の六号棟に足を向けた。
豊北団地は全十二棟の十四階建て。十四階建てのマンションが十二棟もあると考えるとちょっとした集落並みの人口だ。
これだけ大規模な団地では誰がどこの家の子どもか、誰がどの棟の何階に住んでいるか把握もできない。四号棟の住人が六号棟に出入りしても気にする人間はいないだろう。
四号棟と六号棟の間の植え込みに猫がうずくまっている。闇と同じ色をした黒猫だ。
この辺に居着いている野良猫だった。団地では動物を飼えないからと、野良猫を餌付けする住人が後を絶たない。
餌付けされた野良猫が子を産み、その子猫もここに居着き、また野良の子を産んで繁殖する。
そのうちここはバチカン市国ではなく野良猫の王国にでもなりそうだ。
六号棟の五階を目指して階段を一気に駆け上がる。軽やかに五階に着地した二本の細い脚は、迷わず五○七号室の扉の前に立った。
合鍵を使って鍵を開ける。2LDKの造りの部屋は玄関を入ってすぐにダイニングキッチンがあった。
首にタオルをかけた男が光を見て目を丸くしている。風呂上がりでパンツ一枚の男を前にしても光は平然としていた。
『今日も帰らなかったのか』
「帰っても誰もいないし。今日もここで寝させてよ」
五○七号室の家主の川島拓司の溜息を背負って彼女はリュックを無造作に放り投げた。教科書やノートが一冊も入っていないリュックは、軽い音を立てて床に潰れた。
『夕食は?』
「カラオケでポテト食べてきただけ」
『それだけじゃ腹も減るだろう。カレー食べる?』
「うん。先にシャワー浴びていい?」
『ああ。タオル用意しておくよ』
光の本来の家の四号棟と六号棟のこの家は、同じ団地でも室内の造りが微妙に違う。それでも何度も訪れている川島家は勝手知ったる我が家も同然。
浴室の場所も今さら案内の必要もない。
自転車のライトが照らす闇に沈んだアスファルト。ペダルを漕ぐ少女の制服のスカートが、夜風を含んでふわりと膨らんだ。
人口の多い大規模団地には敷地内にスーパーに薬局、本屋、郵便局や宅配便のサービスセンターまで備わっている。団地の住人が店の従業員であり客でもある。
例えるなら団地という場所はひとつの国だ。
まるでローマのバチカン市国みたいだと、少女は今日の世界史の授業を思い出しながら自転車の速度を緩めた。
団地に到着した時には22時が近かった。ここは東京都北区の都営豊北団地。
西村光の家は四号棟の二階にある。四号棟の駐輪場に自転車を置いた彼女は、隣の六号棟に足を向けた。
豊北団地は全十二棟の十四階建て。十四階建てのマンションが十二棟もあると考えるとちょっとした集落並みの人口だ。
これだけ大規模な団地では誰がどこの家の子どもか、誰がどの棟の何階に住んでいるか把握もできない。四号棟の住人が六号棟に出入りしても気にする人間はいないだろう。
四号棟と六号棟の間の植え込みに猫がうずくまっている。闇と同じ色をした黒猫だ。
この辺に居着いている野良猫だった。団地では動物を飼えないからと、野良猫を餌付けする住人が後を絶たない。
餌付けされた野良猫が子を産み、その子猫もここに居着き、また野良の子を産んで繁殖する。
そのうちここはバチカン市国ではなく野良猫の王国にでもなりそうだ。
六号棟の五階を目指して階段を一気に駆け上がる。軽やかに五階に着地した二本の細い脚は、迷わず五○七号室の扉の前に立った。
合鍵を使って鍵を開ける。2LDKの造りの部屋は玄関を入ってすぐにダイニングキッチンがあった。
首にタオルをかけた男が光を見て目を丸くしている。風呂上がりでパンツ一枚の男を前にしても光は平然としていた。
『今日も帰らなかったのか』
「帰っても誰もいないし。今日もここで寝させてよ」
五○七号室の家主の川島拓司の溜息を背負って彼女はリュックを無造作に放り投げた。教科書やノートが一冊も入っていないリュックは、軽い音を立てて床に潰れた。
『夕食は?』
「カラオケでポテト食べてきただけ」
『それだけじゃ腹も減るだろう。カレー食べる?』
「うん。先にシャワー浴びていい?」
『ああ。タオル用意しておくよ』
光の本来の家の四号棟と六号棟のこの家は、同じ団地でも室内の造りが微妙に違う。それでも何度も訪れている川島家は勝手知ったる我が家も同然。
浴室の場所も今さら案内の必要もない。