〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
 光が惰性に過ごしている間もまだ川島は帰ってこない。
スマホの時間表示が23時24分になった時、川島が帰宅した。彼は手にビニール袋を提げていた。

「どこ行ってたの?」
『コンビニだよ。はい、これ』

渡されたビニール袋の中身は二個入りの苺のショートケーキ。綺麗な二等辺三角形の二つのケーキが、四角いケースに窮屈そうに収められている。

「私の?」
『安物で申し訳ない。この時間だとスーパーも閉まっていてこれぐらいしかなくてね。でもあと30分は君の誕生日だ。おめでとう』

 今日初めて言われたおめでとうの言葉。光は小声でありがとうと呟いてケースの蓋を開いた。

本当はショートケーキは好きではない。川島はきっと、ショートケーキが嫌いな女はいないと思っている。
蛍は苺のショートケーキが大好きだった。川島の基準はいつだって娘の蛍だ。

「川島さんは良い父親だったんだね」
『どうかな』
「私の父親はケーキすら買ってこなかったよ。誕生日プレゼントも参考書。成績と学歴重視の父親だったの。それに比べたら川島さんは良い父親だよ」

 川島はどこのコンビニに行って来たのだろう? 団地の敷地を出た大通り沿いのコンビニには母が勤めている。団地から一番近いコンビニはあそこしかない。

川島が購入したこのケーキの会計をもしも母がしたのなら、面白くて笑えてくる。

「蛍も来週誕生日だよね」
『君と同じ十八歳か……。早いな』

 光はショートケーキの頂点をスプーンで削って口に入れる。当たり前に甘い。
彼女は二口、三口とケーキを咀嚼した。

30分後には6月5日が終わる。今夜の空は雨が降りそうで降らない、光の瞳と同じ濁った黒色だった。



Act1. END
→Act2.鬼灯と空蝉 に続く
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