〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
『川島って案外ちょろいよな』
「いきなり何?」
『わかりやすく鼻の下伸ばして神田の顔ばかりちらちら見てただろ』
「それでなんで九条くんが怒るの?」
『怒ってねぇよ』

 怒ってないと言い張っても、どう見ても今の九条の言葉には怒りの棘がある。
美夜は自分の容姿に無関心だ。この顔が男にどう見られようと、まったく興味がない。

 ややあって川島が小走りに戻ってきた。手には黒い長財布を携えている。

使い込まれてくたびれた財布からは、しわくちゃのレシートの束が姿を現した。数枚のレシートの日付をひとつひとつ確認した川島は、シワを伸ばしたレシートを美夜に渡した。

『証拠になるかはわかりませんが、スーパーのレシートです』
「スーパーはお住まいの近くの?」
『団地は広くて住人も多いので敷地内にスーパーがあるんです』

 スーパーの店名はサンライズマート豊北団地店。川島が暮らす団地名と同じだ。
レシートの日付は2018年6月2日土曜日の21時13分。

「ずいぶん遅い時間の買い物ですね。いつも買い物はこの時間に?」
『普段の買い物は平日の仕事終わりが多いですね。この日は次の日の朝飯になるような物が家になくて慌てて買いに走ったんですよ』

購入品目には確かに食パンと卵とベーコンの名前が並んでいる。トーストとベーコンエッグの朝食風景が浮かぶ買い物だ。

「このレシートは証拠品としてお預かりしてもよろしいでしょうか?」
『どうぞ。いらないものですし、証拠の役目が終わればそちらで捨ててください』

 川島との対面後、美夜と九条は小雨が降り始めた道を引き返した。

『川島はシロか』
「犯人が複数犯の線が高いなら川島が実行犯じゃないだけかもしれない。もう水曜日なのに、先週の土曜のレシートが財布にあるのも都合良すぎる」

工場と隣接した道に停めた車は雨粒に埋もれていた。二人同時に車の扉を開け、同時に乗り込む。

「とりあえずスーパーに寄って6月2日の防犯カメラの映像を見て裏取りしよう」
『じゃ、団地の方向に向かうぞ』

 北区を走行する車が学校の前を通り過ぎた。表示を見ると高校だ。
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