〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
5月29日(Tue)

 晴天続きで日々暑さの増す東京。この頃は爽やかな陽気の中に迫り来る梅雨入りの予感を匂わせる、ねばっとした湿度が混ざり込んでいた。

覚醒と眠りの狭間を行ったり来たりしていた神田美夜は、枕元のスマートフォンに手を伸ばす。もう13時を過ぎている。

 休日は一歩も外に出たくない。人間の生を否定するように身体の全機能を強制停止させ、ひたすら惰眠《だみん》を貪るのが美夜の休みの日の過ごし方。

 美夜はインスタグラムのアプリをタップした。タイムラインの一番上に高校時代の友人、麻紗美《あさみ》の投稿が表示された。

投稿画像は記入前の婚姻届と二つの指輪。麻紗美は元写真部だけあり、指輪の置き方や写真の構図も凝っている。

 麻紗美の投稿の下に表示されたハートマークを押す。これが“いいね”になる。
祝福の気持ちはあってもコメントは送らない。どうせ「美夜も早く結婚しなよ」「いい人紹介してあげる」と言われるオチだ。

 幸せな人間は時としてお節介を焼きたがる。自分が幸せだから、他者にも幸せを強要する人間は多い。

(麻紗美も結婚か。7月には結衣子《ゆいこ》の結婚式があるし、この歳になると友達の結婚ラッシュが続くね)

結婚、妊娠、出産、育児……今年二十八歳を迎える美夜もそういうものに囲まれる世代になってしまった。

 麻紗美の次に現れた投稿は大学のゼミの友達の子どもの写真だった。
子どもの写真を隠さずにネットに載せるのは危険だと、喉元まで出かかる言葉を封じる。

 美夜が苦言を呈したとしても自分は犯罪とは無縁と思い込んでいる幸せボケな母親には、何を言っても通じない。押し付けがましい親切はただの自己満足でしかない。

 犯罪なんかいくらでもその辺に転がっている。
親子連れで賑わうショッピングモールのトイレでは、主に子どもや女性を狙った性犯罪や連れ去りが多発。

居酒屋の店内で勃発した客同士の揉め事を止めに入った店員が、客に顔を数十回殴られ重症を負った。

 閑静な住宅街に建てられた新築の一軒家で起きた、父親が妻と子どもを殺して自殺した一家心中事件。

満員電車の痴漢被害に冤罪、駅の階段やエスカレーターで虎視眈々とターゲットを定める盗撮魔。

登校途中の小学生の列に車が追突し、多くの幼い命が奪われた。

 元交際相手の男性のSNSをネットストーキングしていた女が、男性がインスタグラムに載せた子どもの写真を手がかりに、元カレの子どもを誘拐した事件もあった。

人はどこで誰に、どんな恨みを買うかわからない。
真面目に生きていると思い込んでいる人間も案外、他人に恨まれ、憎まれていたりするものだ。

 平和に見える場所ほど犯罪の種は埋まっている。人はそのことに気付かないフリをしているだけ。

犯罪に巻き込まれないのは運がいいだけ。
犯罪者と日夜接している美夜は、この街に潜む狂気を肌で感じていた。
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