〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
5月30日(Wed)

 ムゲットでランチをした翌日の水曜日も暑い日だった。沖縄は今月初めに梅雨入りが発表された。本州も2週間もすれば、湿気に悩む季節の到来だ。

美夜が警視庁捜査一課のフロアに入った時、同じ班の九条大河と杉浦誠がフロアの片隅で雑談していた。

「おはようございます」
『おお、神田ー! これ見て。杉さんの娘さんの写真。ここに写ってるんだよ』
「何が?」
『幽霊』
「はぁ?」

杉浦には今年小学校に上がった娘がいる。九条に見せられた写真には、草花が茂る庭で彼の娘がコーギーと思われる犬と寄り添って写っていた。

『ほら、ここに火の玉がある。これって心霊写真じゃないか?』

 九条の指が写真のある部分を指差した。花壇の横に薄い緑色に発光する光が写っている。
美夜は一目でそれの正体がわかった。

どうやら九条は、大真面目にこれが心霊写真だと思い込んでいるらしい。杉浦を一瞥するとやれやれと肩をすくめて苦笑いしていた。

(九条くんって刑事のくせに疑うことを知らないな。素直というか従順というか。杉浦さんも人が悪い)

先輩にからかわれているとも思わずに、九条は時たま少年のような純粋さを垣間見せる。
美夜はひとしきり逡巡《しゅんじゅん》の末に、九条に真実を話すことにした。

「これは火の玉じゃない。玉響《たまゆら》現象って言うの」
『……たまゆら?』
「空気中の水蒸気や埃が写真に映り込む現象が玉響現象。残念だけど、光の正体は幽霊じゃない。写真にはよくあること」

 数秒の沈黙の末、事を理解した九条は大袈裟に肩をすくめた。

『えっ……えー! これ幽霊じゃねぇの? 杉さんは知ってたんですかっ?』
『俺は一言も心霊写真とは言ってないぞー。神田は写真に詳しいな。そんな現象があるとは俺も知らなかった』
「高校の時に写真部だったんです。ろくに活動していない幽霊部員でしたけど」

 美夜が幽霊部員だった写真部の部長は奇しくも、先日インスタで結婚報告をしていた麻紗美だった。
心霊写真説を覆された九条は不貞腐れていた。しょげたり拗ねたり、感情が忙しい男だ。

『神田は幽霊信じないタイプ?』
「信教は自由だからね。幽霊がいると思うのも自由だけど、自分が見えないものは信じないかな。そう言えば小山主任は?」
『主任ならさっき廊下で見慣れない刑事と話し込んでるの見かけた』
『その人は八王子南署の人だ。月曜に八王子で女子高校生の死体が見つかったんだ』

 警視庁のデータベースにアクセスした杉浦が資料を見せてくれた。
5月28日、東京都八王子市で十代女性の遺体が発見された。

被害者は調布市に住む高校二年生。手で首を絞められた痕跡があることから扼殺《やくさつ》と断定された。
< 9 / 66 >

この作品をシェア

pagetop