姉の代わりにお見合いしろ? 私に拒否権はありません。でも、あこがれの人には絶対に内緒です
そう言いつつ、譲が胸ポケットから名刺入れを取り出した。
一枚抜いて、裏にペンでなにかメモしてから叶奈に渡してきた。
「もし困ったことがあれば、このアドレスに連絡して。前に向こうで働いていたから力になれると思うよ」
「あ、ありがとうございます」
プライベートなアドレスだと思うと、叶奈はドキドキした。
叔父もいるし、気ままなワーキングホリデーだから困るようなことは想像できないが、叶奈はありがたく受け取った。
名刺には「湯浅ホールディングス 物流企画部 部長 湯浅譲」と印字されている。
「もしかして、湯浅さんは華麗なる一族の方ですか?」
少し茶化すように聞いてみたら、とんでもない言葉が返ってきた。
「いちおう、会長の息子」
「あ、そ、そうでしたか」
譲はさらりと口にしているが、叶奈は焦った。
目の前にいる人は、麻子が言っていた湯浅家の親戚どころではない。オーナーの一族で、しかも御曹司だ。
想像以上に遠い存在だったから、叶奈の恋心は告白もしないうちに砕け散ってしまった。
「入れ違いだなあ。春からこの近くにマンション借りて住むんだけど」
落ち込む叶奈の気持ちに反して、譲は明るく話し続けている。
「ずっとこの街にいらっしゃるんですか」
「まあね。近いうちにわかるよ」
そう言って意味ありげな顔をしているから、まだ物流センターの件は公に出来ないのだろう。
御曹司という立場を知ったショックで、叶奈は話し込んでいる祖父のことは忘れてしまった。