姉の代わりにお見合いしろ? 私に拒否権はありません。でも、あこがれの人には絶対に内緒です
『必ずここに連れて帰ってくれよ』
播磨屋から出発するとき、祖父が睨みながら田頭という運転手に言った言葉が忘れられない。
あれほど感情をあらわにした祖父の姿を、叶奈はこれまで見た記憶がない。
「お母さん、どこに向かっているの」
「お父さんの家よ」
つぶやくように言うと、それきり母は厳しい顔をして黙り込んでしまった。
麻子が沈黙した以上、呼ばれた理由など詳しいことは聞きようがない。
『お父さんの家』と言われても、叶奈はどこにあるのかわからなかった。たしか父の名前は松尾崇だったはず。
両親が離婚した時はまだ小さかったから父の顔は覚えていないし、ひとつ年上の姉の名が奈緒だと知ってはいるが、ふたりに会ったことはない。おまけに父の職業だって知らない。
遠藤の家には家族写真すらなかったから、父と姉につながるものは何もない。
ないない尽くしで、もう関係ないと思っていたからネットで検索したこともなかった。
(ちょっとくらい調べておけばよかった)
今さら後悔してもどうしようもないが、よく考えてみたら違和感を感じる。
(離婚したからって、お父さんやお姉さんのことを避けてきた理由がわからない)
二度と会いたくないようなことがあったのだろうか。それとも会わない約束でもしていたのだろうか。
叶奈は脳内で様々な状況をシミュレーションして移動時間をつぶした。
『お父さんが卒業祝いをしてくれる』とか『一度くらい会っておこう』と思ってくれたとか想像してみる。
空想して楽しかったのは初めの内だけだった。そのうち『ありえない』と気がつくと、むなしくなってきたのでやめた。