姉の代わりにお見合いしろ? 私に拒否権はありません。でも、あこがれの人には絶対に内緒です
「今日も無駄足でしたね」
「部長自ら足を運ばれたのに、すみません」
「いや、現場を知るのは大事なことです」
何の話なのかさっぱりわからないが、会話の流れから一番若そうなのにスーツの男性が部長のようだ。
名前もわからないから、叶奈は心の中で「スーツの人」と呼ぶことにした。
「あと少しです。全員でがんばりましょう」
丁寧な口調だが、じっくりメンバーから話を聞いている様子には貫録すら感じられた。
高校生の頃から祖父の店を手伝っているが、こういう雰囲気に接するのは初めてだ。
いつもの家庭的なドライブインの一角が、会議室にでもなったように思える。
やがて食事を終えた一行は「ごちそうさま」「おいしかった」とそれぞれに感想を言いながら店を出ていった。
「ありがとうございました」
叶奈の声に答えるように、「また来るよ」とスーツの人が言ってくれたのがほんわりとうれしかった。
なんだか名残惜しくて、つい店の外に出て見送ってしまったくらいだ。
その日から、スーツの人はよく播磨屋に顔を見せるようになった。
数人で昼の時間や夕食時に来ることもあるし、ふらりとひとりでやってくることもある。
聞こえてくる会話から、その人の名が「湯浅譲」だとわかった。
周りの人から「湯浅部長」とか「譲さん」と呼ばれていたからだ。
その人たちがたびたび店を訪れるようになると「あの若さで部長だなんてすごいね」「いったいどこの会社の人なんだろう」と、店の従業員たちの間でも話題になっていた。