姉の代わりにお見合いしろ? 私に拒否権はありません。でも、あこがれの人には絶対に内緒です
叶奈の心の中での呼び方は「湯浅さん」に変化していた。
湯浅さんはカレーが好き。湯浅さんは、紺系のスーツが似合う。湯浅さんは、リーダーシップがとれる人。
そんなふうに、叶奈の中で湯浅譲という人のささやかな情報だけが積み重なっていく。
(どんなお仕事なんだろう。この辺りの会社ではなさそう)
知りたいことはたくさんあるが、今は店に来てくれるだけでうれしかった。
秋風がグッと冷たく感じられるようになった日の、夕方の混みあう時間。
フロアを担当していた叶奈は、困った客に絡まれていた。
どうやら職場の仲間たちと食事にきていたようだが、その中のひとりがお酒に酔っている。
赤い顔をしていて、吐く息が荒い。
「いつまで待たせるんだ!」
怒りを含んだ口調に、同じテーブルについている人たちも困り顔だ。
悪酔いしている人が上司なのかもしれない。
「こっちの方がそこのテーブルより早く注文しているだろ」
十人ほどのグループだから、時間がずれるより同じくらいに料理を出そうとしたのが逆に気に障ったらしい。
「すみません、すぐにご用意しますね」
なるべく笑顔で答えるのだが、それすらも気に入らないようだ。
母はいないし、パートのおばちゃんたちは厄介事に巻き込まれないように下がってもらったから、叶奈が応対しなくてはいけない。