姉の代わりにお見合いしろ? 私に拒否権はありません。でも、あこがれの人には絶対に内緒です
土曜日の午後、前田はそわそわしている。
客が顔を見せるのを今か今かと待っているのが、叶奈にも伝わってきた。
午後三時を過ぎた頃、カウンターの奥でカップを洗っていた叶奈にもドアベルの軽い音が聞こえた。
「やあ、いらっしゃい」
前田の声は弾んでいる。
「前田部長、お久しぶりです」
前田が楽しみにしていた客がやってきたのだろう。
ザーザー水を流している叶奈からは見えないが、この店には珍しい男性客のようだ。
叶奈が冷たい水を運ぼうとカウンターから出たら、そこに譲が立っていた。
「湯浅さん」
叶奈はトレーを持ったまま足が止まるし、譲もあぜんとした表情だ。
「あれ、知り合い?」
前田の明るい声が場違いに聞こえるくらい、ふたりは黙ったままだ。
すぐに気まずい雰囲気を察したのか、前田が一歩だけ後ろに下がった。
「どうして、ここに」
叶奈が戸惑っていると、譲から先に尋ねてきた。
何と答えようか叶奈が困っているのが伝わったのか、前田が代わりに答えてくれた。
「叶奈さんは近くの親戚のところに遊びに来ているんだって。うちの奥さんが留守のときに私がケガをしてしまってね。叶奈さんにアルバイトを頼んでいるんだ」
「親戚の、ところ?」
「は、はい」