姉の代わりにお見合いしろ? 私に拒否権はありません。でも、あこがれの人には絶対に内緒です



譲はけげんな表情のままだ。これまで雑談はしていたが、東京に親戚がいるなんて話したこともなかったのだ。

「それなら連絡くれたらよかったのに」
「すみません。色々とありまして」

譲にうそはつきたくないが、叶奈だけのことではすまない。
今回の事情には松尾家が関わっているのだから、めったなことは言えない。
また叶奈の耳の奥で『言っていいことと、悪いこと』という母の言葉がよみがえってきた。

「あの、店長、私はこれで失礼しますね」
「あ、ああ。お疲れさま」

前田は何か感じたのか、叶奈に合わせてくれた。
今日は五時まで大丈夫だと言いながら帰ると言いだしたから、おかしいとは思っているはずだ。

「お疲れさまでした」

エプロンを外してバッグを持つと、叶奈は急いで店から出た。
出来るだけ早くここから立ち去りたかった。

(このところ、逃げてばかりだ)

いつもの叶奈らしくない言動ばかりだから、ものすごくストレスを感じる。
自分で考えて行動してきた叶奈には、こんな生活が続いたら耐えられそうにない。

でも姉の代わりにお見合いをしたなんて、譲に知られたくない。
播磨屋が松尾家から援助を受けているなんて、とても話せない。
うそをついたまま譲と顔を合わせていることに、耐えられそうになかった。

叶奈は譲から少しでも遠ざかろうとひたすら走った。

「叶奈さん」

叶奈の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、足を止めなかった。

(ごめんなさい)

心の中で謝るしかない。

(いつか話しますから、今はごめんなさい)




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