名も無き君へ捧ぐ
トリミングサロンの前まで来た。

あともう少しで駅前通りだ。

すると、ほとんど自分が避ける間もなく、先に避けて通りぎていく中で、行く先を塞ぐように歩いてくる人がいた。


いわゆる、お見合い状態だ。
なかなかに気まずい。


右に、いや、左に。
次こそ右、いや、やっぱり右に。

何度か繰り返したら嫌になるが、さすがにくだらなくてむしろ笑けてしまった。


「…ぷっ」

「…ふふ、すみません」

「あの、お先にどうぞ」

「いや、お先にどうぞ」


何でここまできて譲り合ってるのだろうか。


しばし休戦。


お互い向き合って顔を合わせる。


クリっとした目元は私よりずっと可愛らしい印象だった。
細身でスーツ姿にコート。
どこかの営業マンだろうか。
清潔感が漂う。



途端に自分の身なりに恥ずかしさを覚える。

マフラーを鼻まで覆い俯き、ペコッと頭を下げ男性の横を急いで通り過ぎようとしたその時、


数メートル先でガシャンガシャンとけたたましい音と共に、鉄パイプが何本も崩れて落ちた。

塗装現場の足場が崩れ落ちたらしい。
たまたま、歩道には誰もおらず怪我人もいなかった。



あと少し早く歩いていたら...?
私はサーっと血の気が引いていくのが分かった。
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