名も無き君へ捧ぐ
「危なかったですね」
その言葉は先程の通せんぼ男のものだった。
驚きと何かのスイッチが押されてしまったのか、私はポロッと1つ涙が零れていた。
「大丈夫ですか?」
顔を覗き込もうとしてきたので、私は振り切り早足でその場を離れた。
もう2度とあの人とは会うはずがないだろう。
そう思っていたし、確信していた。
はずだった。
ケーキ屋で希望通り1番高いケーキを注文した。
チョコでコーティングされた宝石のような艶は眺めているだけでもうっとりする。
生まれて初めてじゃないだろうか。
独り占めなんて。
ミッション終了っと、心で呟くと来た道を引き返す。
信号待ちをしていると、先程の通せんぼ男が反対側で信号待ちをしていた。
まだこちらには気づいていない。
逃げるような態度をとってしまったせいで、かなり気まずい。
視線を合わせないようにずっと下を向きながら信号を渡る。
すると、危ない!とどこからか叫び声が飛んできた。
何のことだか状況が掴めない中で、横断歩道の真ん中にいると、グンと腕を無理やり引っ張られ、歩道まで引き連り込まれた。
「痛い、なんですか!」
誰か分からない相手に向かって言うと、逆走車が反対車線にはみ出して街路樹に突っ込んで止まった。