お飾り妻は本日限りでお暇いたします~離婚するつもりが、気づけば愛されてました~
2.
2.
縁談が纏まってから結婚まで、飛ぶように日々が過ぎた。
その間、三度ほど守頭が尋ねて来たが大して会話は弾まなかった。
というのも両親を交えた結婚の打合せや、引越の日程、手続きなどの話合いばかりで、沙織は同席していたものの、ほとんど蚊帳の外で打ち解けるなどという事はない。
その席で知ったのだが、守頭の両親はすでに他界しており、近しい親戚もいないらしい。
ゆえに結婚式は御所頭家の好きに進めてよい。と端的に言い放ったその声には、過去への哀惜も未練もなく、まるで土地の売買契約でもするような調子だった。
もともと、借金を結納金として贈与し、その後も生活を援助するかわりに、御所頭家の婿として上流社交界に出入りしたいという条件で整った縁談だ。
外聞が悪いことは言うまでもなく。ならば身内だけで済ませようと話が決まり、式場も宴会場も借りず、御所頭家で一番広い座敷で行われることになった。
婚礼衣装についても仕立てる時間などないため、母が嫁いできた時の白無垢をそのまま沙織に譲るという形で収まった。
お下がりではあるが、正絹の加賀繍でさがら百合花という、銀糸と白練り絹で大ぶりの百合を一面に刺繍した値打ちものなため、さして不満はなかった。
一度は、ウエディングドレスなるものを来てみたいと、普段から和装が多い沙織はおもっていたが、家の財政事情的にも時間的にも厳しいことはわかっていたので諦めた。
余所への披露宴はなし、地元の神社で神前式をして食事会でお開きという、なんとも急ごしらえの式が決まり、引越はその日までに荷物をまとめ、東京にあるという守頭のマンションへ送ることで話は決まる。
自分のことなのに、まるで他人事のように決まって、進んでいく物事に怖れるでもなく、焦るでもなく、どこか諦めににた局地で見守っているうちに、式当日を迎えてしまう。
絹の肌触りや婚礼衣装のずっしりとした重さ、角隠しを被るために結われる非日常の髪型などに、ときめかなかったといえば嘘だが、そのときめきも紋付き羽織袴といった姿の守頭を見た時にくらべればささやかなものだ。
スーツ姿があまりにも似合っているため、和装でなくともとおもっていたが、なんのことはない。
体つきも顔もいい男は、なにを着ても似合うということだ。
愛などない結婚をする相手だとわかっている沙織はもちろん、髪を結っていた家政婦や、付き添っていた母親まで「まあ」と声を上げるほど、守頭の和装姿は凜々しく、清廉で、見目よかった。
時間が押しているから様子を見に来たらしいが、一応、お世辞なのか、それとも緊張していた沙織への気遣いなのか、「綺麗な花嫁だ」と、相変わらず抑揚の少ない声で褒めてくれたが、眉目秀麗が歩いているような男から言われても、あまりピンとは来ない。
多分お世辞だと、心の中で結論を下し、遅くなって申し訳なく。と伝えたら、彼にしてはめずらしく「いや」とか「まだ」とかそういう風なことを呟いたが、その後に現れた父の「早くしろ」という怒鳴り声でかき消され、彼がなにを言おうとしていたのか、まるでわからないまま準備が終わる。
あとは予定されていた通り、詔を上げてもらい、三三九度の杯を交わし、手を退いて貰いながら境内にでて、申し訳程度の夫婦写真。
それから実家に戻ってきてからは、出席者十名ほどの小さな宴会があり、それすらも二時間ほどでお開きになってしまえば、もう式は終わり。
婚姻届けは前日に出していたので、事実上も世間的にも夫婦になっていた。
そのまま洋装――というか、ワンピースにコートに着替えれば、守頭も相変わらずの三つ揃えスーツとなっていて、彼の第一秘書とかいう男性に、乳母でもあった家政婦頭を従えてリムジンで空港へ。そこから二人と秘書だけが飛行機に乗って、東京へ着いたのは夕暮れ時で、守頭と済むことになっている家である、ハイグレードマンションとやらへ足を踏み入れれば、見慣れぬ都会の夜景が冷たく沙織を出迎えた。
室内はとくに結婚だからと飾られたりなんだりはされてなく、シャンパンを飲むかと効かれたが、それはワインセラーに常備されている一本でしかない。
この時点ですごく眠かったのだが、それでも今夜は初夜だからと我慢し、眠気覚ましに湯を使わせてもらい、相手が湯をつかっている隙にバスローブからに亀甲模様が透かしで入った純白の長襦袢――寝衣とも言う――に着替え、寝室の床もとい、ふかふかの絨毯の上で正座して三つ指ついて待っていると、沙織が心配になるほど守頭は大きく目を見開き、それから額に手を当てて大きく溜息をついた。
曰く。
恋もしらないお嬢様を抱く気はない。と。
そう告げると、さっさと回れ右をして、空いている客室に籠もられて朝まででてこなかった。
初夜がなくてほっとしたのと、やらなければ、後日になると余計気まずくなると悩んだのも、最初の一月だけ。
結局、彼は、沙織が離婚を決意するその日まで、初夜どころかキス一つしなかった。
もとより「貴女は今まで通り替わりなく、好きに暮らして言い。貴女の父ともそういう約束だ」と初夜未遂の翌朝伝えられた通り、沙織の生活は、京都にいた頃とそう代わり映えのないものだった。
お茶に華道、日舞に習字のお稽古と日替わりに習い事へと通い、帰ってきてからは掃除に洗濯、食事づくりとごく普通の主婦ぶり。
最初こそ家政婦が三人ほど詰めていたが、ある日彼の第二秘書だとかいう女性が来て、「そもそも借金があるのに、家政婦を使うのは無駄ではないかと」と守頭の意向を伝えてきて、結婚翌月から家事は沙織一人の仕事となった。
それは構わない。
実家にいた頃も、たとえ富豪に嫁ごうとも、京女は一通りの家事をこなすべし。という父の古い考えの元、あれやこれやは教えてもらっていたし、身の回りのことはもちろん、普段着に為ている着物の着付けだって特に人の手を要さない。
というか、京都にいる頃と違って、社交だお茶会だ、観劇だとひっぱりまわされない分暇だったし、汚れが落ちたり、食べ物ができていくのは存外楽しく、洋風建築で生活するのは初めてという物珍しさも手伝って、家事は沙織にとっていい暇つぶしになっていた。
どちらにしても、主に住んでいるのは自分という意識も、あったと思う。
守頭の仕事は忙しく、帰宅はつねに深夜か夜中。
土日はだいたい翌週の出張にそなえ移動日とし、飛行機の中で連絡も取れずで、いるかいないかもわからないし。
ごく稀に早く帰ってきても、不機嫌そうな顔で着替えてどこぞのパーティーやらなんとかの集いやらに出かけてしまう。
作った食事が減っているので、帰ってきているなと分かるが、夫婦の寝室はもう沙織専用で、なぜか家の主である守頭が客室を使っている。
一度本人に、部屋を交換しましょうかと申し出たら、彼は「玄関が近いほうがいい」とそっけなく言い捨てて、それで話しはおしまいになった。
――結論、東京に放り出されて、一人暮らししているのとかわらない。
だとしたら、なにが京都と違うのだろう。
お稽古事に家事、終われば寝て、起きて翌朝のお稽古事。
一緒に食卓を囲むでもなく、出かけるでもなく。夫婦でいる時間はほとんどない。
わかり合えると思ったのは、自分の甘さだったと後悔もしたし、このまま死ぬまで同じことの繰り返しかと思うと、すべてが虚しいとさえ思えた。
知らない土地、知らない夫、なのに日常は京都にいた頃と変わらず、習い事と家事だけで一日が終わってしまう。その繰り返し。
日々が重なり年となって、やがて老いていくのかと思うと堪らない。
このまま、なにも変わらず、できずに終わるのかと、習い事の帰り、いつも通りに車で運転手に送られながら、京都とはまるで違う東京の景色を、水槽の向こう側でも見るような目でながめていた時だ。
女子大生とおぼしき一段が笑いながら歩いているのが見え、御所頭の家に生まれていなければ、嫁いでいなければ、自分もああして勉学や友人たちとの時間を楽しめただろうかと溜息を吐き、そんな自分の顔が窓に映った時だ。
――変わらないのは、違う。
ふと頭にその言葉が浮かんだ。
そうだ。変わらないのは違う。できないのは違う。
(変わらなきゃ、やらなきゃ)
ふつふつと、まるで深い水底から泡が浮き立ってくるように、小さな衝動が沸き起こる。
それは時間とともに大きくなっていき、沙織は自分ではっきりと決意する。
変わろう。やろう。
自由になるため、やりたいことをやるため。
与えられるものをただ受け入れるだけの人生は終わり。これからは自分で生きていこう。そのために自由になろう。
そう考えた時、最初に浮かんだのは守頭との実体のない結婚生活を終えること。
つまり、離婚だった。
縁談が纏まってから結婚まで、飛ぶように日々が過ぎた。
その間、三度ほど守頭が尋ねて来たが大して会話は弾まなかった。
というのも両親を交えた結婚の打合せや、引越の日程、手続きなどの話合いばかりで、沙織は同席していたものの、ほとんど蚊帳の外で打ち解けるなどという事はない。
その席で知ったのだが、守頭の両親はすでに他界しており、近しい親戚もいないらしい。
ゆえに結婚式は御所頭家の好きに進めてよい。と端的に言い放ったその声には、過去への哀惜も未練もなく、まるで土地の売買契約でもするような調子だった。
もともと、借金を結納金として贈与し、その後も生活を援助するかわりに、御所頭家の婿として上流社交界に出入りしたいという条件で整った縁談だ。
外聞が悪いことは言うまでもなく。ならば身内だけで済ませようと話が決まり、式場も宴会場も借りず、御所頭家で一番広い座敷で行われることになった。
婚礼衣装についても仕立てる時間などないため、母が嫁いできた時の白無垢をそのまま沙織に譲るという形で収まった。
お下がりではあるが、正絹の加賀繍でさがら百合花という、銀糸と白練り絹で大ぶりの百合を一面に刺繍した値打ちものなため、さして不満はなかった。
一度は、ウエディングドレスなるものを来てみたいと、普段から和装が多い沙織はおもっていたが、家の財政事情的にも時間的にも厳しいことはわかっていたので諦めた。
余所への披露宴はなし、地元の神社で神前式をして食事会でお開きという、なんとも急ごしらえの式が決まり、引越はその日までに荷物をまとめ、東京にあるという守頭のマンションへ送ることで話は決まる。
自分のことなのに、まるで他人事のように決まって、進んでいく物事に怖れるでもなく、焦るでもなく、どこか諦めににた局地で見守っているうちに、式当日を迎えてしまう。
絹の肌触りや婚礼衣装のずっしりとした重さ、角隠しを被るために結われる非日常の髪型などに、ときめかなかったといえば嘘だが、そのときめきも紋付き羽織袴といった姿の守頭を見た時にくらべればささやかなものだ。
スーツ姿があまりにも似合っているため、和装でなくともとおもっていたが、なんのことはない。
体つきも顔もいい男は、なにを着ても似合うということだ。
愛などない結婚をする相手だとわかっている沙織はもちろん、髪を結っていた家政婦や、付き添っていた母親まで「まあ」と声を上げるほど、守頭の和装姿は凜々しく、清廉で、見目よかった。
時間が押しているから様子を見に来たらしいが、一応、お世辞なのか、それとも緊張していた沙織への気遣いなのか、「綺麗な花嫁だ」と、相変わらず抑揚の少ない声で褒めてくれたが、眉目秀麗が歩いているような男から言われても、あまりピンとは来ない。
多分お世辞だと、心の中で結論を下し、遅くなって申し訳なく。と伝えたら、彼にしてはめずらしく「いや」とか「まだ」とかそういう風なことを呟いたが、その後に現れた父の「早くしろ」という怒鳴り声でかき消され、彼がなにを言おうとしていたのか、まるでわからないまま準備が終わる。
あとは予定されていた通り、詔を上げてもらい、三三九度の杯を交わし、手を退いて貰いながら境内にでて、申し訳程度の夫婦写真。
それから実家に戻ってきてからは、出席者十名ほどの小さな宴会があり、それすらも二時間ほどでお開きになってしまえば、もう式は終わり。
婚姻届けは前日に出していたので、事実上も世間的にも夫婦になっていた。
そのまま洋装――というか、ワンピースにコートに着替えれば、守頭も相変わらずの三つ揃えスーツとなっていて、彼の第一秘書とかいう男性に、乳母でもあった家政婦頭を従えてリムジンで空港へ。そこから二人と秘書だけが飛行機に乗って、東京へ着いたのは夕暮れ時で、守頭と済むことになっている家である、ハイグレードマンションとやらへ足を踏み入れれば、見慣れぬ都会の夜景が冷たく沙織を出迎えた。
室内はとくに結婚だからと飾られたりなんだりはされてなく、シャンパンを飲むかと効かれたが、それはワインセラーに常備されている一本でしかない。
この時点ですごく眠かったのだが、それでも今夜は初夜だからと我慢し、眠気覚ましに湯を使わせてもらい、相手が湯をつかっている隙にバスローブからに亀甲模様が透かしで入った純白の長襦袢――寝衣とも言う――に着替え、寝室の床もとい、ふかふかの絨毯の上で正座して三つ指ついて待っていると、沙織が心配になるほど守頭は大きく目を見開き、それから額に手を当てて大きく溜息をついた。
曰く。
恋もしらないお嬢様を抱く気はない。と。
そう告げると、さっさと回れ右をして、空いている客室に籠もられて朝まででてこなかった。
初夜がなくてほっとしたのと、やらなければ、後日になると余計気まずくなると悩んだのも、最初の一月だけ。
結局、彼は、沙織が離婚を決意するその日まで、初夜どころかキス一つしなかった。
もとより「貴女は今まで通り替わりなく、好きに暮らして言い。貴女の父ともそういう約束だ」と初夜未遂の翌朝伝えられた通り、沙織の生活は、京都にいた頃とそう代わり映えのないものだった。
お茶に華道、日舞に習字のお稽古と日替わりに習い事へと通い、帰ってきてからは掃除に洗濯、食事づくりとごく普通の主婦ぶり。
最初こそ家政婦が三人ほど詰めていたが、ある日彼の第二秘書だとかいう女性が来て、「そもそも借金があるのに、家政婦を使うのは無駄ではないかと」と守頭の意向を伝えてきて、結婚翌月から家事は沙織一人の仕事となった。
それは構わない。
実家にいた頃も、たとえ富豪に嫁ごうとも、京女は一通りの家事をこなすべし。という父の古い考えの元、あれやこれやは教えてもらっていたし、身の回りのことはもちろん、普段着に為ている着物の着付けだって特に人の手を要さない。
というか、京都にいる頃と違って、社交だお茶会だ、観劇だとひっぱりまわされない分暇だったし、汚れが落ちたり、食べ物ができていくのは存外楽しく、洋風建築で生活するのは初めてという物珍しさも手伝って、家事は沙織にとっていい暇つぶしになっていた。
どちらにしても、主に住んでいるのは自分という意識も、あったと思う。
守頭の仕事は忙しく、帰宅はつねに深夜か夜中。
土日はだいたい翌週の出張にそなえ移動日とし、飛行機の中で連絡も取れずで、いるかいないかもわからないし。
ごく稀に早く帰ってきても、不機嫌そうな顔で着替えてどこぞのパーティーやらなんとかの集いやらに出かけてしまう。
作った食事が減っているので、帰ってきているなと分かるが、夫婦の寝室はもう沙織専用で、なぜか家の主である守頭が客室を使っている。
一度本人に、部屋を交換しましょうかと申し出たら、彼は「玄関が近いほうがいい」とそっけなく言い捨てて、それで話しはおしまいになった。
――結論、東京に放り出されて、一人暮らししているのとかわらない。
だとしたら、なにが京都と違うのだろう。
お稽古事に家事、終われば寝て、起きて翌朝のお稽古事。
一緒に食卓を囲むでもなく、出かけるでもなく。夫婦でいる時間はほとんどない。
わかり合えると思ったのは、自分の甘さだったと後悔もしたし、このまま死ぬまで同じことの繰り返しかと思うと、すべてが虚しいとさえ思えた。
知らない土地、知らない夫、なのに日常は京都にいた頃と変わらず、習い事と家事だけで一日が終わってしまう。その繰り返し。
日々が重なり年となって、やがて老いていくのかと思うと堪らない。
このまま、なにも変わらず、できずに終わるのかと、習い事の帰り、いつも通りに車で運転手に送られながら、京都とはまるで違う東京の景色を、水槽の向こう側でも見るような目でながめていた時だ。
女子大生とおぼしき一段が笑いながら歩いているのが見え、御所頭の家に生まれていなければ、嫁いでいなければ、自分もああして勉学や友人たちとの時間を楽しめただろうかと溜息を吐き、そんな自分の顔が窓に映った時だ。
――変わらないのは、違う。
ふと頭にその言葉が浮かんだ。
そうだ。変わらないのは違う。できないのは違う。
(変わらなきゃ、やらなきゃ)
ふつふつと、まるで深い水底から泡が浮き立ってくるように、小さな衝動が沸き起こる。
それは時間とともに大きくなっていき、沙織は自分ではっきりと決意する。
変わろう。やろう。
自由になるため、やりたいことをやるため。
与えられるものをただ受け入れるだけの人生は終わり。これからは自分で生きていこう。そのために自由になろう。
そう考えた時、最初に浮かんだのは守頭との実体のない結婚生活を終えること。
つまり、離婚だった。