お飾り妻は本日限りでお暇いたします~離婚するつもりが、気づけば愛されてました~
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逸樹が行っている美術品投資の元となる美術品や骨董品の仕入れは、常時ネットで開催されている美術品専門サイトでの入札取引、そしてイギリスがフランス、そして香港などの現地で開催される大手オークションハウスが開催するオークション、そして最後に遺産整理など個人が鑑定依頼、あるいは開催するオークションでの入札が主流だ。
沙織の仕事は、それらに出されている膨大な出品物の中から取引のあるクライアントが興味を持ちそうなものをピックアップし、資料を作成することだった。
オークションといえば誰しもが想像する、手を上げて金額を言うイベント型のオークションは開催時期や開催時間が限られている上、競合が多いためさほど多くはないが、インターネット上で開催されている専門サイトでの入札取引――ネットオークションは、二十四時間かつ世界中に取引相手があるため、品物の入れ替わりが激しい。
一般的なハンドメイド作品や不要になった服を売る、個人向けのオークションサイトとは違い、厳密な参加資格――法人ならその規模や経営状況、個人の場合は誰かの紹介状または家の系譜などまで調査されるらしい――がある、クローズドな会員制サイトを利用しているが、それでも出品量は膨大で、宝石に限って言えば貝殻を彫刻したカメオがついた親指ほどの大きさのロケットペンダントから、玩具でしょう? と思わず叫んでしまいそうな大きさの宝石やその原石まで出ていて、とにかく出品物を整理するだけでも大変だ。
沙織が担当しているのは、日本の茶道で使用する茶杓や棗、茶碗などの茶道具と、壷などの陶磁器の分類と作者や価値を概算で出すことだが、それでもとんでもなく数が多い。
皿一つ取っても、白磁に彩色、産地によるものから、高額なものになると何代目なんとか右衛門だとか、人間国宝のなんとか竹翁とか名のある陶工の品がある上、明治何年だ、江戸だ、大正だと時代だけでなく西暦が一年違うだけで価値の桁が一つ違うなどということもある。
そのため、緻密な調査としっかりと品を見る目、そして時代を追う根気良さが必要で、かなりの精神力が必要なのだが、もとより、悪戯をするたびに倉に閉じ込められては半日も飽きず、中にある美術品を見ては楽しんでいた沙織である。
体力的に疲れを感じることはあっても、気持ちは充実しているし、自分がこれぞと思って提出した資料の品が、クライアントに好まれ納品できると、やったという気持ちにもなる。
今日の仕事はまさにそれで、今週いっぱいかけて調査した資料が完成し、鑑定書も揃い、逸樹にこれならと太鼓判をもらえたので充実感があった。
「これなら土日にクライアントに提案しにいけそうだ」と、沙織に負けない上機嫌で香港行きの飛行機を手配する逸樹を横目にみていると、同僚で隣の席を使っている篠山美紀子が小さく拍手する。
「沙織ちゃん、絶好調ね」
篠山は京都の芸術大学で西洋美術史を研究後、日本の陶磁器会社にデザイナーとして努めていたのだが、やっぱり西洋の美術品、それも論文を書くほどに惚れ込んでいるヨーロッパ食器に関わる仕事がしたいということで、逸樹の会社に入った女性で、ちょうど沙織の一回り上で三十六才。
電子機器メーカーに勤める旦那様との間に小学五年生と、中学二年の子どもがいて、その二人の学費と老後の費用にとフルタイムでバリバリ働いている。
それもあってか、社内では頼もしいお母さん的立ち位置で、個人の仕事だけでなく、沙織の仕事や逸樹の暴走しがちな処もよく見ている。
和と洋の違いがあるとはいえ、同じ食器や陶磁器関係を扱うことから沙織とよく話すようになって、仕事だけでなく生活のことでも頼れる先輩でもある。
「なんというか、すごく、働くのが楽しくて。……自分でもなにかできるんだなあって」
「初々しいわね。まあ、社長というか逸樹君と同級生ならまだまだ新入社員な年頃だものねえ。まあ社長と違って沙織ちゃんは落ち着いているけれど」
小さく笑いつつ目を和ませられ、照れてしまう。
落ち着いている自覚はあるが、暴走するときは逸樹以上と言われた学生時代を知ったら、きっと苦笑されるに違いない。
そもそも本当に落ち着いていたら、夫婦らしいことはなにもないという理由で離婚を切り出したりはしないだろう。
まだまだだな、と思いつつ恐れ入りますと切り返し頭を下げれば、ちょうどお昼になっていて、社員のおのおのが食事に出かけたりお弁当を拡げだしたりしていた。
「沙織ちゃんもお弁当?」
「はい」
別に食べに行ってもいいのだが、料理するのが主に沙織であるため、晩ごはんのおかずをつくるついでに、お弁当用のものも仕込んで置いた方が手間がなくて助かるのだ。
今日のお弁当はいなり寿司風の混ぜ御飯に卵焼き、蕪の鶏そぼろ煮に鮭の粕漬けを灼いた物。それに塩漬けの桜を飾ったキノコの白和えである。
相変わらずの純和風だが、小食な沙織にはこれぐらいがちょうどいい。
「もしかして、旦那様も?」
微笑ましげに問いかけられ、沙織は無意識に頬を染めながら小さくうなずいた。
「量が多めなのと、あと、篠山さんが先日教えてくださった、チーズと豚の薄切りを挟んであげたミルフィーユカツを入れてあげてますが。他はおんなじです」
同じ、というところだけ声が小さくなってしまうのは、なんだか、同じお弁当を持っていき、同じ時間帯に食べてるという夫婦らしいことをしているのが、気恥ずかしく感じたからだ。
「いいじゃないの。私なんてまたおかずを全部つめた爆弾おにぎりよ。今朝は下の子がお茶をこぼしたから、自分の弁当を詰める時間がなくて」
逸樹が行っている美術品投資の元となる美術品や骨董品の仕入れは、常時ネットで開催されている美術品専門サイトでの入札取引、そしてイギリスがフランス、そして香港などの現地で開催される大手オークションハウスが開催するオークション、そして最後に遺産整理など個人が鑑定依頼、あるいは開催するオークションでの入札が主流だ。
沙織の仕事は、それらに出されている膨大な出品物の中から取引のあるクライアントが興味を持ちそうなものをピックアップし、資料を作成することだった。
オークションといえば誰しもが想像する、手を上げて金額を言うイベント型のオークションは開催時期や開催時間が限られている上、競合が多いためさほど多くはないが、インターネット上で開催されている専門サイトでの入札取引――ネットオークションは、二十四時間かつ世界中に取引相手があるため、品物の入れ替わりが激しい。
一般的なハンドメイド作品や不要になった服を売る、個人向けのオークションサイトとは違い、厳密な参加資格――法人ならその規模や経営状況、個人の場合は誰かの紹介状または家の系譜などまで調査されるらしい――がある、クローズドな会員制サイトを利用しているが、それでも出品量は膨大で、宝石に限って言えば貝殻を彫刻したカメオがついた親指ほどの大きさのロケットペンダントから、玩具でしょう? と思わず叫んでしまいそうな大きさの宝石やその原石まで出ていて、とにかく出品物を整理するだけでも大変だ。
沙織が担当しているのは、日本の茶道で使用する茶杓や棗、茶碗などの茶道具と、壷などの陶磁器の分類と作者や価値を概算で出すことだが、それでもとんでもなく数が多い。
皿一つ取っても、白磁に彩色、産地によるものから、高額なものになると何代目なんとか右衛門だとか、人間国宝のなんとか竹翁とか名のある陶工の品がある上、明治何年だ、江戸だ、大正だと時代だけでなく西暦が一年違うだけで価値の桁が一つ違うなどということもある。
そのため、緻密な調査としっかりと品を見る目、そして時代を追う根気良さが必要で、かなりの精神力が必要なのだが、もとより、悪戯をするたびに倉に閉じ込められては半日も飽きず、中にある美術品を見ては楽しんでいた沙織である。
体力的に疲れを感じることはあっても、気持ちは充実しているし、自分がこれぞと思って提出した資料の品が、クライアントに好まれ納品できると、やったという気持ちにもなる。
今日の仕事はまさにそれで、今週いっぱいかけて調査した資料が完成し、鑑定書も揃い、逸樹にこれならと太鼓判をもらえたので充実感があった。
「これなら土日にクライアントに提案しにいけそうだ」と、沙織に負けない上機嫌で香港行きの飛行機を手配する逸樹を横目にみていると、同僚で隣の席を使っている篠山美紀子が小さく拍手する。
「沙織ちゃん、絶好調ね」
篠山は京都の芸術大学で西洋美術史を研究後、日本の陶磁器会社にデザイナーとして努めていたのだが、やっぱり西洋の美術品、それも論文を書くほどに惚れ込んでいるヨーロッパ食器に関わる仕事がしたいということで、逸樹の会社に入った女性で、ちょうど沙織の一回り上で三十六才。
電子機器メーカーに勤める旦那様との間に小学五年生と、中学二年の子どもがいて、その二人の学費と老後の費用にとフルタイムでバリバリ働いている。
それもあってか、社内では頼もしいお母さん的立ち位置で、個人の仕事だけでなく、沙織の仕事や逸樹の暴走しがちな処もよく見ている。
和と洋の違いがあるとはいえ、同じ食器や陶磁器関係を扱うことから沙織とよく話すようになって、仕事だけでなく生活のことでも頼れる先輩でもある。
「なんというか、すごく、働くのが楽しくて。……自分でもなにかできるんだなあって」
「初々しいわね。まあ、社長というか逸樹君と同級生ならまだまだ新入社員な年頃だものねえ。まあ社長と違って沙織ちゃんは落ち着いているけれど」
小さく笑いつつ目を和ませられ、照れてしまう。
落ち着いている自覚はあるが、暴走するときは逸樹以上と言われた学生時代を知ったら、きっと苦笑されるに違いない。
そもそも本当に落ち着いていたら、夫婦らしいことはなにもないという理由で離婚を切り出したりはしないだろう。
まだまだだな、と思いつつ恐れ入りますと切り返し頭を下げれば、ちょうどお昼になっていて、社員のおのおのが食事に出かけたりお弁当を拡げだしたりしていた。
「沙織ちゃんもお弁当?」
「はい」
別に食べに行ってもいいのだが、料理するのが主に沙織であるため、晩ごはんのおかずをつくるついでに、お弁当用のものも仕込んで置いた方が手間がなくて助かるのだ。
今日のお弁当はいなり寿司風の混ぜ御飯に卵焼き、蕪の鶏そぼろ煮に鮭の粕漬けを灼いた物。それに塩漬けの桜を飾ったキノコの白和えである。
相変わらずの純和風だが、小食な沙織にはこれぐらいがちょうどいい。
「もしかして、旦那様も?」
微笑ましげに問いかけられ、沙織は無意識に頬を染めながら小さくうなずいた。
「量が多めなのと、あと、篠山さんが先日教えてくださった、チーズと豚の薄切りを挟んであげたミルフィーユカツを入れてあげてますが。他はおんなじです」
同じ、というところだけ声が小さくなってしまうのは、なんだか、同じお弁当を持っていき、同じ時間帯に食べてるという夫婦らしいことをしているのが、気恥ずかしく感じたからだ。
「いいじゃないの。私なんてまたおかずを全部つめた爆弾おにぎりよ。今朝は下の子がお茶をこぼしたから、自分の弁当を詰める時間がなくて」