お飾り妻は本日限りでお暇いたします~離婚するつもりが、気づけば愛されてました~
 ――天童逸樹。

 幼稚舎から沙織の同級生で、高校時代は生徒会長と副会長をしていた。
 兄弟のように長い付き合い。家柄も近く、双方の親は交流がある。

 一時期は関西の社交界で、二人が結婚するのではという噂もあったほどだと、沙織について調査させた報告書に記載されていた。

 とはいえ逸樹はアメリカに留学中で、ここ四年は一度も顔を合わせていない。

 特に問題はないと考えていたが、そんな守頭を嘲笑うように電撃帰国し、しかも学生時代から経営していた会社に沙織を引き入れまでした。
 沙織は、単に、同級生から頼まれた故断れず――などの事情で働きだしたのだろうが、天童逸樹が同じだとは限らない。
 居心地のいい友情を隠れ蓑にして、恋心を抱いていても不思議ではない。
 
 そう思うと、妙な焦りが沸いてくる。

(嫉妬か、独占欲か)

 恐らく両方だろう。

 守頭と沙織の年の差は八歳ある。
 夫婦としてはままある年齢差だが、現実を見れば沙織は二十二歳で世間では大学を卒業したばかりかそこら。対する守頭はもう三十。

 生まれも育ちもまったく違う上、学生時代を過ごした時期が八年も違えば、なにを話題にすればいいのかわからない。

 そのため、食事を一緒にしていてもまったく会話がない、あるいは天気の話など出しては途切れという、なんとも気まずい空気が漂っていたほどだ。

 もっとも働きだしたからか、最近の沙織は経済に興味があり、仕事でわからないことや投資関連の話など守頭に質問してきて、それに答えるような形で会話が成り立ちだし、その回数が増えるにつれ互いに冗談も言えるようになってきたのは嬉しいことだが。

 ともかく、沙織の側に自分より若い男がいるのが気に食わない。

 若くなくても多分気に食わないだろうが、自分の知らない沙織を知っている男が彼女の側にいるなど気が気ではない。

(だから早く、俺を好きになれ)

 身勝手な要望なのは理解しているが、心の底からそう願う。
 他でもない自分に恋をしろ。と。

 そうやって妻である沙織に思いを馳せていたのも束の間、休憩のために頼んだコーヒーが冷めてもいないというのに、社長室のドアがノックされた。

 少し硬質的で、マナー通りに三度叩くやり方から第一秘書の初瀨川だと察した守頭は、すぐ思考をビジネスモードに切り替えて「入れ」と促す。

 ツーブロックにカットした髪をきっちり後ろへ流し、眼鏡をかけた男が失礼しますと声をかけつつドアをくぐり抜け、それが閉まると同時に手にしていた資料を守頭のデスクに置く。

「家政婦の件、社長の推理どおりでした。こちらが調査会社からの報告書です」
「やはりな」

 五枚ほどの報告書を素早く捲りつつ流し読みするが、馬鹿馬鹿しいほど予想通りの内容で、呆れるよりも笑いたくなってしまう。

「会社の金ではありませんが、秘書という業務を考えれば横領に問えるでしょう。……いっそ、これで解雇にしては」

 眼鏡のブリッジを押し上げつつ、初瀨川が目を細くする。
 資料は揃った。あとは女狐とその相棒を引きずり出すだけだ。と視線でうったえかけられるも、守頭は頭を振る。

「まだだな。……御所頭家にやったことに対する件もきっちり償って貰わないと」

 あの事件があったからこそ守頭は沙織と結婚できた。それには感謝する。だが、御所頭家に、退いては沙織に心痛を与えたことは話が別だ。

「詐欺でだまし取った金の賠償はもちろん、社会的制裁も受けてもらう」

 そうでなければ気が済まない。

(犯人には、きちんと理解して貰わなければ)
 

 守頭瑛士が惚れた女に手を出せば、どんな目にあうかということを。


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