お飾り妻は本日限りでお暇いたします~離婚するつもりが、気づけば愛されてました~
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 レセプションは日本でたまに参加していたパーティーとあまり変わらなかった。
 唯一違う点は、参加している人々の服装がいちいちにお洒落で、見ているだけで楽しいことと、ことあるごとにシャンパンを勧められることだった。

 そして一番困った点は、やたらと写真を撮りたいと言われたことだ。

 着物の参加者は珍しく、しかも若い女性ということで目を惹いたのか、外国人が老いも若きも、男も女も、一枚! 一枚だけ! と申し出て沙織を取りたがった。

 そのたびに守頭はフランス語でなにか言うと、相手は陽気に笑って、沙織だけでなく守頭も一緒に撮る始末。

 帰り道のタクシーで、なにを言っていたのか聞いてみれば〝私の妻が独身と誤解されては嫌なので、夫の自分も一緒に撮ってくれ〟と言っていたらしく、沙織は笑えばいいのか、呆れればいいのか分からず参ってしまった。

 翌日とその翌日は休暇日で、六年フランスに住んでいたという守頭の案内でパリ市内を観光することにした。

 一日目はエッフェル塔や凱旋門、ルーブル美術館といった、これぞパリな観光地をめぐり、二日目はパリ市内に現存する最古の教会である、サン・ジェルマン・デ・プレに行った。

 十二世紀に完成したロマネスク様式の建築で、童話に出てくるお城のような外観とは対称的に、中は仄暗く重厚で、さすがこの地がフランスになる前のフランク王国時代から続く教会だと感動させられた。

 周辺は知識人や芸術家が集うカフェが多く、有名な著者や画家が意見を戦わせたので有名な店もあれば、名も知られずひっそりと小道にあるカフェもあり、そのどれもが賑わっていて、窓辺には小粋な紳士はもちろん、一家言ありそうなマダムがコーヒーのカップを傾ける姿が印象的。

 ちょうど、十月末に開催されたチョコレートの祭典である〝サロン・デュ・ショコラ〟で賞を取った名店が近くにあるということで、守頭と一緒にそこでチョコレートを買って、カフェのカップを片手に公園でひと息いれようとなったのだがさすがショコラで有名なフランスだけあり、色も形も様々で、沙織はうんと迷った挙げ句、カシスとラズベリーの詰め物――プラリネ――が入ったチョコレートと、シャンパンのトリュフにした。
 一方、守頭はダークビターな味がするダイヤモンドの形のショコラを選んでいた。

 その後はカルチェ・ラタンまで足を伸ばして街を散策。

 ソルボンヌ大学にゆかりのあるエリアだけあって古書店が多いが、他には昔ながらの映画館が四つも残っていて、古い映画を上映しているのか案内板にはレトロな雰囲気のポスターが貼ってあった。

 フランス語はまるでわからないが、見ているだけでも楽しい。

 日本に帰国したら和訳があるか調べようと写真を撮っていたら、守頭がすでに家にあるから、帰国したらお土産に買ったショコラやプチ・シューにエスプレッソで夜更かしして見ないかと提案され、大喜びで約束した。

 夕食にと予約した、ルイ十四世がプロポーズの場に選んだといわれるパリ最古のレストランへ向かう途中、セーヌ川沿いを移動していたら渋滞に引っかかったが、そのおかげでアルコル橋の街灯が灯る瞬間を目にできた。

 日が暮れた藍色の空に向かって、暗く色を変えつつ流れるセーヌが、突然、ぱっと街灯の温かい光を反射しきらめき出す様は、美しいという言葉だけでは言い表せない感動があり、世界に希望が残っていると伝えているようにも感じられて、沙織はなんだか泣きたい気分になった。

 レストランの中は小さな個室が沢山あって、守頭が予約したのはまさに王様がプロポーズしたという個室。しかもシャンパンも当時と同じ銘柄を選んで抑えている徹底ぶりに、さすが抜かりがない男だと関心させられた。

 料理はもちろんおいしくて、前菜は冬が旬の牡蠣とフォアグラのソテー、メインは鳩のチョコレートソース掛けで、味が濃厚。
 だが沙織が気に入ったのは途中ででてきた根セロリの泡ポタージュで、爽やかなのに深い味わいが口直しとしてちょうど良く、いつまでも食べ続けていたい誘惑にかられるほど。

 デザートは定番の塩キャラメルのソースがかかったスフレで、これもまた甘さとしょっぱさが絶妙で、お腹いっぱいだったのにぺろりと全部食べてしまった。

 そして迎えたオークションの日。

 日中は一般参加が可能なものが開催されるのと、日本との時差の関係で室内で大人しくリモートワーク。

 その後、守頭が手配してくれたホテル内のエステで、頭の先から爪先までトリートメントして磨き上げられ、結婚前、母が最後に仕立ててくれた留袖を着る。

 黒の正絹に裾から太股まで白い木香薔薇を入れた品に、銀の袋帯を締めるスタイルは、沙織なりの勝負服だ。

 守頭はプレビューの時とは逆に、グレイシルバーのスーツに黒のネクタイ。それにダイヤモンドがアクセントについたシンプルなネクタイピンという、やはりクールかつ知的な正装で、つい先日も見蕩れたというのに、今日もますます見蕩れてしまった。

 そして、ホテルのロビーで待っていた逸樹と合流し、三人で会場へ。

 失恋の一件もあり気まずいかと心配したが、逸樹は表面上はかわらず友人のままで、守頭と舌戦を繰り広げていた。

 時々、苦笑のような、微笑のような、曖昧で複雑な笑みを向けられることに戸惑ったが、そこでうろたえれば相手を変に期待させると気付いてからは、あえて幸せいっぱいだという風に微笑みを返すことにした。

 そのほうが、思い切れていいような気がしたし、逸樹なら、失恋したとしても相手の幸せを願う度量があると信じてもいた。

 ともあれオークション会場に入る。

 一段高いステージの上には、大統領が演説するような台があり、おなじみのハンマーを持った進行役がやや早めの英語で商品を紹介する。

 逸樹のお目当てだった品は前半に集中している上、どれも予想通りかそれよりわずかに安い金額で落札できた。といっても、一品が百万単位の価格変動なので、沙織は内心ヒヤヒヤしたものだが。

 休憩を挟んで、第二部が再開されてからすぐは、人が戻ってないこともあって小品からスタートする。

 沙織はサービスのシャンパンを断り水で通したほど、この小品オークションに賭けていた。

 ――どうしても、あの男雛を日本につれて返ってあげたい。

 その思いで席につき、根付けから始まる小さな品のオークションをやや緊張しつつ、見守る。

 さほど価格帯が高くないことや、欠品――本来はセットであるが、片方が紛失したなどの訳あり品――が多いとあって、落札の声もまばらで、落とされないほうが多いほどだ。
 これなら、自分が落札できそうと安心した頃、ちょうど男雛の番がくる。

 開始金額は五千ユーロから、沙織の預金をユーロに換算すると一万までは大丈夫だから余裕だ。

 オークション番号が読み上げられ、さあ、落札するぞと入札用の札を握り絞めた時。

「五千百ユーロ」

 落ち着いた声が先に上がる。はっとして目を走らせれば、黒のイブニングドレスにムートンのショートジャケットを羽織った、年配の女性が札を上げていた。

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