お飾り妻は本日限りでお暇いたします~離婚するつもりが、気づけば愛されてました~
(その結果、一年もバレなかったと)

 逆に守頭は、そんなことはまるで知らず、家政婦が作った料理をおいしいとも言わず黙々と食べる沙織を見て、これでは料理の話から会話を弾ませるのも無理だ。じゃあどうすればいいのかわからん。となっていたりしたとか。

 三見が守頭の愛人と吹き込んだのも、詐欺を働いた仲間の一人で、社章は三見のものを貸し、名刺はこっそりフォーマットを拝借して街の名刺屋で作成したとか。
 書類も、守頭の電話も三見が仕込み、あとは嘘を聞かせれば、〝愛人がいるのでしたら離婚!〟となるはずが、そうもならず――と、大分、彼女もいろいろ暗躍しては、無自覚な沙織に踏み潰されて焦っていた模様。

 これだけ苦労したあげく〝あーあ、結婚したらなにか変わると思っていたのに変わらず籠の鳥。飽きちゃったわ。そうだ。明日離婚しよう〟的に離婚を決めて人妻終了宣言されたのだから、三見も大分、報われない。

(今思うと、あの頃の自分は、かなり子どもでしたね……)

 穴があったら入りたい。同僚の篠山あたりが聞いたら、腹を抱えて笑い転げるだろう。

 やっぱり社会人経験は、就職することは人生に必要だわ。としみじみ思って居ると、不意に沙織のスマートフォンが鳴り響く。
 守頭に断りスマートフォンを手に持てば、天堂逸樹と画面表示されている。
 彼にもそれが見えてしまったのか、わずかに眉を寄せ唇を引き結んだ。

(これは変に誤解させないためにも、スピーカーモードにしたほうがよさそうですね)

 判断し、通話ボタンとスピーカーボタンを続けて押せば、リビング中に響く声で逸樹が叫ぶ。

『沙織、大変だ!』

 ああ、事件のことが伝わって、それで友人として心配しかけて来てくれたのかと思い、沙織は耳に指を突っ込み、顔をしかめる守頭に向かって苦笑しつつ口を開く。

「ええ、大変でした。でも大丈夫ですよ。三見さんもちゃんと逮捕されて、警察の方が連れていかれましたから」

 紅茶を被った守頭だって、火傷一つなく無事だと続けようとしたが、それより早く逸樹が話を遮った。

『なんの話をしてるんだい。逮捕とか警察とか、今、ドラマを見てる場合じゃないんだけど!』
「ドラマ? ドラマなんか見ていませんよ。そちらこそなんのお話です?」

 まったく話がかみ合わない。首を傾げて、なんのことかと思案していると、逸樹が急いた口調で告げた。

『男雛の話に決まってるだろう! 君、母親に男雛の話をして、実家の倉にあるものと一揃いになるって告げたんだろう?』

 ああ、確かにそんな話もしましたねえ、と呑気に返すと、意味不明な悪態が吐かれ、その後に逸樹が説明しだす。

 沙織がパリで落札した、守頭に似た有田焼の男雛が、実家にあるひな飾りの一つであり、それがあれば揃うので、桃の節句に飾りたいと母親に話したところ、母親はその話に大層感激し、なんて運命的なの! と、出る先々で乙女心全開の脚色で話を盛って語ったらしく。
 それが巡り巡って美術商の耳に入り、そこから、落札しそこねたドイツの老夫人に話が伝わり――。

『全部揃っているなら、二億出していいと僕のオフィスに交渉をかけてきてる』

 にわかに信じられない話に目をみはり、沙織が思わず二億! と呟くと、隣にいた守頭が、なぜか表情を打ち消して、自嘲するように呟いた。

 ――それは、俺が沙織の夫の地位をかった二倍の金額だな。と。


 そして沙織は、一億を用意できたら守頭と離婚すると心に決めていた頃もあったのだと、顔色を失ったまま思い出していた。

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