お飾り妻は本日限りでお暇いたします~離婚するつもりが、気づけば愛されてました~
 その後、守頭にはとりあえずシャワーで身体を清めてもらい、沙織は床の拭き掃除をして紅茶を入れ直す。

 牛乳から煮出した紅茶に、少しだけブランデーをたらしたものを二杯用意してまっていると、さっぱりとした顔で守頭が髪を拭きながら戻ってきた。

「解雇を告げた途端、会社から三見が姿を消して探し回っていた。逃げたと思っていたが、まさか沙織の処へ来ているとは」

 どこまでも逆恨みする女だな、と悪態をついて守頭は事情を説明しだした。

 結婚する三年前に、仕事で御所頭家を訪れた際、沙織を目にして心奪われたこと、その後、人づてに性格やら家柄やらを調べさせ、これならと交際を申し込もうと考えたものの、沙織の父親のガードが異様に堅い上、御所頭家という旧家に自分が受け入れられるかわからず、おまけに年の差が八歳もあり躊躇っていたこと。

「それを嗅ぎつけた三見が、沙織と結婚できないようにしてしまうついでに、遊ぶ金も手に入れようと、俺の名前と会社印や契約書のフォーマット、それに懇意にしていた男をつかって偽物を仕立て上げ、君の父親に詐欺を働いた」

 社印と契約書が本物だったなら、そこそこに人を見る目がある者でも割合簡単に騙されてしまう。 これは美味い話だ。それに、会ってはやらなかったが三年前に家を訪れもしている。そのことから信じた沙織の父は詐欺だと気付かず、土地の売買契約と引き換えに高額配当間違いなしの株――実体は、すぐにも倒産するだろう会社の紙切れ同然の株式だったが――を手に入れる契約書にサインしてしまう。

 話が偽物でも契約書が本物であれば、取引は一応は成立する。

 最後の収入減であった土地と引き換えに、紙くずを手にいれたと気付いても後の祭りである。
 そんなことをした男同じ名前の男が、ぬけぬけと娘に結婚を申し込んでも断られるに決まっている。

 土地や物件から上がる収入だけで生活が成り立つほど資産家の父は、経済界のニュースに明るくなく、守頭が本物か偽物かわからなかったのも痛手だった。

「詐欺が行われたと気づき、自分も被害者であることを証明するため、急ぎ京都へ向かう手続きをしていたら、新たに、君は借金と引き換えに結婚するところだという情報がはいってきて」

 しかも相手は界隈で有名な女好きの御曹司。
 見合い相手をつまみ食いしては断り、知らぬ存ぜぬを貫いた過去があると聞いた守頭は仕事を投げ出して京都に急いだ。

 焦る気持ちを抑え御所頭本家に着いてみれば、沙織はくだんの御曹司とホテルで待ち合わせしてデートだと聞かされて。
 取って返す勢いで、待ち合わせ場所のホテルに乗り込んだ。

「それが、あの日の……瑛士さんが、私の婚約者の地位を一億で買ったと啖呵を切られた時のことですね」
「ああ。……今思えば、相手を諦めさせ、二度と沙織に近づけさせないため、金の力で威嚇するつもりで啖呵を切ったが、今にして思えば愚策だった」

 額に手を当て、守頭が大きく溜息を吐く。

 正直に沙織に対し、あれはあの場の勢いだった。本当は好きだ。だから結婚を前提に婚約してほしい。と行った処で、初対面と思われている上に〝買った〟と聞いた後では、まるで信じて貰える自信がない。

 じゃあ、どうすればいいのかと考え、取りあえずは沙織を家まで送らねばと思い車に誘えば、まったく疑う様子なくほいほい乗り込もうとするので目眩がした。

 これは、本当に、今すぐ結婚の約束を取り付けなければ、自分は大丈夫でも、沙織自身がつけいる隙だらけ。
 しかも当時は三見が詐欺の主犯だとまったくわからないまま、ただ、自分の名前で知らぬ取引がされていて、警察が知らないかと聞きにきて初めて知ったという状況。
 相手が誰かわからないのに、詐欺だから金を返せとは言えないし、仮に犯人が逮捕され、金を返せと裁判で決まっても、使われていれば一括で戻ってくる額でもない。

 放って置けば、また沙織の身柄が金で渡されてしまう。
 なら、本当に自分が買ってもいいのではないか。婚約者の地位を、いや、夫の地位を。

「沙織が手に入るなら、一億など安いと思えた。破産しても、それでもいいとさえ思ったかもしれないが」
「それはやり過ぎです……」

 若干、思いの強さに怯んでしまうが、ここで引いても話が進まないと沙織は先を促す。

「結婚したはいいが、今度はなにを話してどう扱えばいいのかまるでわからなくてな。おまけに通常の仕事に加えて詐欺の犯人捜しもあって死ぬほど忙しいときた」

 初夜だって、本当は抱いて既成事実をつくってしまいたかったが、詐欺の犯人を捕まえもしてないのに、それを沙織は知らないのに、夫だからというだけで自分の欲望をごり押しする気にはなれず、すべて解決してから、改めて説明して納得した上で夫婦としてよろしくお願いすると頼むつもりだったという。

 だいぶ慎重な考えだが、守頭の側の状況を考えれば無理もないと思えた。

 が、逸樹とパリに出張と聞いて黙っていられなくなり、心配のあまり強引に付き添えば、今度は現地で顔を輝かせあれこれ笑う沙織に恋情を煽られて。

「好きで、愛しくて、触れたくて。頭が可笑しくなりそうだった。オークションで競り落とした時の沙織を見て、もう我慢できないほど飢えていた」

 結局、その日に抱いてしまったが。と続けた。

 が、その時には、詐欺の主犯は三見と大方目星がついて証拠固めの段階にありはした。
 あと一ヶ月、遅くても二ヶ月待てばすべて解決して、晴れて夫婦になれる。と思ったが、よくよく考えれば一度離婚を言い渡されている身。

 そうですか。でも私は夫婦でいたくありません。さようなら。
 本日で人妻終了です。

 ――と、言われはしないかと焦りもあって、告白し、沙織からも告白されて留まらなくなり。
 あとは現在のどおりである。

 三見がなぜ詐欺を働いたかについては簡単で、もともと金遣いが荒く、ホストクラブに出向いて一晩で五百万溶かしては姫様扱いされるのが大好きだった彼女は、守頭の妻になれば美形で稼ぎ手の夫を手にいれ、彼が海外出張している間はホストで美しい若者に囲まれ女王様気分で遊べると狙っていた。

 が、守頭が沙織に気があると気づき、先に手を打つついでに一億もあれば当分は豪遊できる。なに、社長秘書が本物のテンプレートと社印を使って契約書を偽造し、名刺を一枚拝借し、子飼いのホストに守頭役をやらせれば簡単だ。
 バレる前に証拠隠滅すれば問題ない。

 おまけに、守頭の結婚も潰せるし、あわよくば失恋の傷心を慰めた勢いで――な打算があった模様。

 計算外は、沙織と結婚するから社長秘書を外れろと言ったことにより、守頭に隠れて沙織に嫌がらせしていたことだ。

 家政婦が解雇された件も、ハウスキーパー会社の社長を上手くまるめこんで、沙織の家に家政婦を高額で派遣したことにして、守頭に架空請求し、その金を山分けしていたそう。
 どうせ、箱入りお嬢様だ。一ヶ月も経たず〝家事なんてできません!〟と訴え実家に帰って離婚、となるだろう。

 そう見込んでいたものの、沙織はそんじょそこらの箱入りではない。

 完璧な良妻賢母となるよう、みっちり家事を仕込まれている身。その気になればたらいに洗濯板でもシャツを真っ白にできる豪傑だ。

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