〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
 午前9時前の捜査一課は、ソファーやデスクで仮眠をとる徹夜組のイビキの合唱が聴こえ、どこかのデスクでは電話が鳴り響き、ある班では捜査の方針を議論している。

『主任も杉さんもまだ来ないな。動いていないのは俺達の班と……伊東班のメンバーも暇してるな』
「主任達は休みの連絡はないから来ているはずだよ」

ひとりだけ早弁をする男子高校生のようにマイペースな九条の隣で捜査報告書を作成する美夜も、すっかり捜査一課の風景の一部に馴染んでいた。

『神田、九条。こっち来い』

 美夜と九条が先輩刑事の杉浦誠に呼ばれたのは、捜査報告書が七割完成した頃だった。

『杉さん、今までどこにいたんですか?』
『小山さんと一課長と話していたんだ。今から捜査会議を始める』
「うちに帳場が立つ事件が起きたんですね」
『いや、まだ正式な帳場が立つかはわからない』

 曖昧に言葉を濁す杉浦の後ろを美夜と九条はついていく。誘われた先は中規模なミーティングルーム。
室内には捜査一課長の上野恭一郎に美夜達の上司の小山真紀、伊東警部補を主任とする七係のメンバーも集まっていた。

指定の席に着席した小山班四名と伊東班六名、総勢十名の顔触れを見渡した上野が口を開いた。

『全員揃ったな。まずはこれを見てくれ。昨夜19時半過ぎ、ある女子大学生のインスタグラムに投稿された写真だ』

 上野が裏返したホワイトボードには一枚のA4用紙が貼られている。用紙にカラーでプリントアウトされているのは、目を閉じた女性の写真だった。

各班に一台配布されたタブレット端末にも用紙と同じ画像が表示される。

 白い着物を纏う女性は仰向けに寝かされ、胸の前に組んだ手に鮮やかな色彩の花を持っている。女性の顔周りにも赤や黄色の花びらが散り、花びらの海を泳いでいるのは小さな赤い魚のオブジェと電飾。

 着物の白と彩度の高い花とのコントラストが眩しい。一見、何かの広告にも見える。
しかし、これが宣伝目的の広告ではないと誰もが直感していた。

固く瞼を閉ざした女性の蒼白い顔には、生きている人間の血色や温かさが感じられなかった。
生気が宿らない女の写真を見ても驚く者はここにはいない。

『写真を閲覧したフォロワーから警察に通報があった。検視官の目視のみの判断だが、女性は死亡が確認されている。死因は毒物による中毒死。使用された毒物の特定には至っていない』

 写真で見る限り女性に目立った外傷はない。本来は色を失うはずの唇には、艶のある真っ赤な口紅が塗られていた。

『インスタグラムのアカウントの持ち主は鳴沢栞里。現在の年齢は十九歳、渋谷区にある明鏡《めいきょう》大学の二年生だ。栞里は7月26日木曜日の夜から家族や友人との連絡が途絶え、所在が不明になっていた。27日は大学にも登校していない』

 上野が口頭で説明する鳴沢栞里失踪の経緯を美夜は手帳に書き記す。
< 20 / 92 >

この作品をシェア

pagetop