〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
8月6日(Mon)

 若年層のライフスタイルに欠かせない存在となったインスタグラムはパフォーマンスツールだ。誰もが、日常の華やかな場面を切り取ったキラキラとした側面しか見せない。

 夜空に凛と浮かぶ月も遠目には真珠のように綺麗でも近付けばクレーターで穴だらけだと、本当は皆知っているのに忘れてしまう。
光は闇を誘う。光を浴びて輝けば輝くほど、後ろに伸びる影は暗く濃く、どす黒い。

 例えばニートが就活をしていてもネットの画面上では無職同然、女がブランド物のバッグやアクセサリーをSNSに載せても、それが彼女が労働の対価として得た金銭を貯めて購入したのか、パパ活のパパに買ってもらったのか、画面上ではわからない。

SNSに載せる言葉、切り取られた日常のすべてが人間の本質ではない。それでもひとつの発言で嫌われたり、好かれたり。

『愛佳、電車来たよ』
「……え?」

 メトロ銀座線、溜池山王《ためいけさんのう》駅の二番線に電車が到着する。二番線側のホームにぼんやりと立っていた来栖愛佳は、夏木伶に手を引かれて電車に乗り込んだ。

『ぼうっとしてたけど気分悪い?』
「……ううん。平気」

夏休みの銀座線は、スーツ姿であくせく働く社会人と気楽な学生が入り交じってひとつの電車に押し込められている。混雑する列車内で伶は男性の軍団をさりげなく避けて愛佳を壁際に移してくれた。

「今回も愁さんには会えなかったなぁ。残念」
『あの人は夜遅くて朝が早いんだ。俺でさえ24時間振りに顔を見る日もあるよ』

 昨日は伶とデートをした帰りに彼の家に泊まった。出掛けていた舞は夕食前には帰宅したが、帰りが遅い同居人の愁とは結局会えずに愛佳は伶の部屋で朝を迎えた。

 三越前駅に到着した二人が向かう場所は、日本橋に明日オープンするアクアドリームと名付けられた美術館。

アクアドリームは水族館と美術館の要素を掛け合わせた国内初の水槽展示常設の美術館。
明日のオープンに先駆けてプレオープンイベントに愛佳が招待され、招待者の同行者枠で伶も同伴する。

 駅から徒歩2分の場所に作られたアクアドリームの前にはすでに多くの人が集まっている。プレオープンに招待されているのはテレビ局関係者や雑誌関係者、SNSで多くのフォロワーを抱えるインフルエンサー達だ。
< 40 / 92 >

この作品をシェア

pagetop