〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
8月8日(Wed)

 濡れた傘を引き連れて芹沢小夏は新宿三丁目駅の副都心線ホームに降り立った。
指定の場所は副都心線E5出口方面のコインロッカー。改札を抜け、通り慣れている駅構内を足早に進んだ。

 連絡通路には暗証番号で鍵をするキーレスタイプのコインロッカーが並んでいる。バッグから取り出した分厚い茶封筒を四角いロッカーの中央に慎重に置いて、暗証番号入力のためにタッチパネルを操作した。

パネルに触れる指が武者震いしている。心臓の動きも速い。
落ち着け、落ち着け、と何度も言い聞かせて預け入れの手続きを完了させた。

あとはレシートに記載されたロッカー番号と暗証番号を撮影した写真のデータをあちらに送れば、小夏の役目は終わりだ。

 ここに到着するまで不自然に重たかったバッグが急に軽く思えたのは、あの茶封筒の重みが消えただけではない。地上に続く階段を軽い足取りで駆け上がった小夏は、雨が打ち付ける新宿の街にひょっこり顔を出した。

 傘の内側で彼女は人知れずほくそ笑む。
笑わずにはいられない。本当は雨の街をスキップして歩きたいくらい、今の彼女は機嫌が良かった。

これで殺してもらえる。……愛佳を。


        *

 アスファルトの窪みにできた水溜まりが乾かないうちにまた雨が降り出してきた。夕方には雨雲が去って晴れ間になるとの予報も、現在の天気を見ればいまいち信じられない。

壁掛け扇風機から送られる生ぬるい風が美夜の前髪を揺らす。熱いコーヒーが入るマグカップを両手に持ち、彼女は捜査一課のデスクに戻った。

「コーヒー、ここに置いておくよ」
『サンキュ。……ヤベェな。首と肩がカチカチの岩になってる』

 隣席の九条大河は凝視していたパソコン画面から視線を外す。彼は天井に向けて両腕を伸ばし、凝った肩と首を揉みほぐした。

美夜と九条の束の間のブレイクタイムの相棒は、関西の有名テーマパークの缶クッキー。先輩刑事の杉浦が先週、家族と二泊三日の大阪旅行に出掛けた際の土産だ。

『栞里も皐月もあそこの美容院の客だったんだよな?』
「表参道のdearlyね。若い女の子に人気の店だからね」

 鳴沢栞里も小松原皐月も表参道のヘアサロンdearly《ディアリー》の常連客だった。
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