〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
Act3.夕顔、狂う
8月9日(Thu)
洗練とデザイン性、二つの美を揃えた家が点在する碑文谷《ひもんや》は目黒区内では青葉台と並ぶ高級住宅街。
中でも一際目を惹く豪邸がある。深井の表札が掲げられたその家は、冷凍食品会社サブマリンフーズ現社長の持ち家だ。
フリーカメラマンの深井貴明はサブマリンフーズ社長の一人息子。
深井は14年前の2004年、高校三年生の時に塾帰りの小学四年生の女子児童を公園のトイレに連れ込み、わいせつな行為をした強制わいせつ罪で逮捕されている。
事件は深井が当時未成年だったことと、被害者側との示談が成立して不起訴になっている。だが警視庁の犯罪者データベースには当時の深井貴明の顔データが残っていた。
プレオープンイベントの招待客である来栖愛佳がインスタグラムに投稿したアクアドリームの写真を手がかりに、警視庁はアクアドリーム側に監視カメラ映像の提供を要請。
館内の映像から小松原皐月と一緒にいた男を探し出して顔認証にかけたところ、男の顔の特徴が犯罪者データベースの深井貴明の特徴と一致した。
深井には鳴沢栞里および小松原皐月への殺人の容疑がかけられている。両名の死体が発見されていない段階では、参考人として任意で事情を訊くしかない。
第七係班長の伊東警部補と南田刑事が深井を尋ねている間、サポート要員の美夜と九条は万が一、深井が逃走した場合に備えての追跡組だ。
美夜達は邸宅の裏手に回った。深井家の広大な敷地は高いコンクリートの塀で囲われ、外からは中の様子が窺えない。
かろうじて庭に植えられた木の緑の葉が見える程度。コンクリートの塀よりものっぽな木には鳥が集まっていた。
『こんなでかい家に息子が独り暮らしとは優雅なものだ』
「息子が実家に残って親が豊洲のタワーマンション暮らしなんて、普通は逆なんでしょうね」
間もなく午前11時。昨日と一昨日の雨の気配は跡形もなく、群青色の高い夏空に雲はひとつもない。
じっとしていても滲む汗が背中を伝う。
『普通の人間はタワマン暮らしも豪邸暮らしも経験できねぇよな……。この家いくらするんだろ』
「土地代も入れると億単位はいくんじゃない?」
下世話な金の話をする美夜達の前を学校の体操服姿の少年が走り去る。近くの中学校のグラウンドからは、夏休みの部活に励む運動部員達の元気の良い掛け声が聞こえた。
{……九条、神田、聞こえるか?}
「伊東さん、どうされたんですか?」
イヤモニに届く伊東班長の声は緊迫を纏っている。
{インターホンを鳴らして呼び掛けても応答がないんだ。玄関の鍵は開いていた。お前達も家に入って来い。くれぐれも慎重にな}
「了解」
伊東の指示を受けて美夜と九条は焦げたアスファルトを移動して家の表側に出た。玄関の前で南田が待っていた。
『伊東さんが中の様子を見に行ってる。まったく人の気配がしないんだ』
『ピンポン鳴らしても出ないなら不在か。……鍵かけずに不在はねぇよな』
『そんな不用心なアホがいるか。相変わらず脳ミソ筋肉だな』
『柔道の成績が最下位だった軟弱に言われたくないね』
九条と南田の軽口もほどほどに、念のために装備していたビニール製のシューズカバーを靴に取り付けた美夜達は、南田の誘導で深井邸に足を踏み入れた。
洗練とデザイン性、二つの美を揃えた家が点在する碑文谷《ひもんや》は目黒区内では青葉台と並ぶ高級住宅街。
中でも一際目を惹く豪邸がある。深井の表札が掲げられたその家は、冷凍食品会社サブマリンフーズ現社長の持ち家だ。
フリーカメラマンの深井貴明はサブマリンフーズ社長の一人息子。
深井は14年前の2004年、高校三年生の時に塾帰りの小学四年生の女子児童を公園のトイレに連れ込み、わいせつな行為をした強制わいせつ罪で逮捕されている。
事件は深井が当時未成年だったことと、被害者側との示談が成立して不起訴になっている。だが警視庁の犯罪者データベースには当時の深井貴明の顔データが残っていた。
プレオープンイベントの招待客である来栖愛佳がインスタグラムに投稿したアクアドリームの写真を手がかりに、警視庁はアクアドリーム側に監視カメラ映像の提供を要請。
館内の映像から小松原皐月と一緒にいた男を探し出して顔認証にかけたところ、男の顔の特徴が犯罪者データベースの深井貴明の特徴と一致した。
深井には鳴沢栞里および小松原皐月への殺人の容疑がかけられている。両名の死体が発見されていない段階では、参考人として任意で事情を訊くしかない。
第七係班長の伊東警部補と南田刑事が深井を尋ねている間、サポート要員の美夜と九条は万が一、深井が逃走した場合に備えての追跡組だ。
美夜達は邸宅の裏手に回った。深井家の広大な敷地は高いコンクリートの塀で囲われ、外からは中の様子が窺えない。
かろうじて庭に植えられた木の緑の葉が見える程度。コンクリートの塀よりものっぽな木には鳥が集まっていた。
『こんなでかい家に息子が独り暮らしとは優雅なものだ』
「息子が実家に残って親が豊洲のタワーマンション暮らしなんて、普通は逆なんでしょうね」
間もなく午前11時。昨日と一昨日の雨の気配は跡形もなく、群青色の高い夏空に雲はひとつもない。
じっとしていても滲む汗が背中を伝う。
『普通の人間はタワマン暮らしも豪邸暮らしも経験できねぇよな……。この家いくらするんだろ』
「土地代も入れると億単位はいくんじゃない?」
下世話な金の話をする美夜達の前を学校の体操服姿の少年が走り去る。近くの中学校のグラウンドからは、夏休みの部活に励む運動部員達の元気の良い掛け声が聞こえた。
{……九条、神田、聞こえるか?}
「伊東さん、どうされたんですか?」
イヤモニに届く伊東班長の声は緊迫を纏っている。
{インターホンを鳴らして呼び掛けても応答がないんだ。玄関の鍵は開いていた。お前達も家に入って来い。くれぐれも慎重にな}
「了解」
伊東の指示を受けて美夜と九条は焦げたアスファルトを移動して家の表側に出た。玄関の前で南田が待っていた。
『伊東さんが中の様子を見に行ってる。まったく人の気配がしないんだ』
『ピンポン鳴らしても出ないなら不在か。……鍵かけずに不在はねぇよな』
『そんな不用心なアホがいるか。相変わらず脳ミソ筋肉だな』
『柔道の成績が最下位だった軟弱に言われたくないね』
九条と南田の軽口もほどほどに、念のために装備していたビニール製のシューズカバーを靴に取り付けた美夜達は、南田の誘導で深井邸に足を踏み入れた。