〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
8月13日(Mon)

 アルバイトを終えた芹沢小夏は、新宿三丁目駅からメトロ副都心線の列車に乗り込んだ。彼女は疲れた身体を列車の揺れに任せる。

 明日も焼肉店のバイトだ。月末にはゲームアプリで課金した八万円分の支払いが待っている。
家を出る資金として貯めていた貯金から、既に十万をエイジェントへの“依頼料”に使ってしまった。残る貯金と来週入るバイト代で、課金分の八万はなんとか支払えるだろう。

そのおかげで今月は服や交際費に回せる金額が少ない。できれば友達とカフェでお茶をするのも遠慮したいが、SNSに載せる“映え”のためにも、流行りのカフェと見た目が可愛いケーキは欠かせない。

 ワイヤレスのイヤホンで音楽を聞きながら、彼女はインスタグラムのアプリをタップした。

(いいねが増えない……)

 バイトに出る前に自撮りした今日のコーディネートの写真に付いた〈いいね〉は三十二件、コメントはたったの一件。

唯一のコメントも海外の怪しげなアカウントからだ。筋肉質な外国人男性のアイコンが書き込んだコメントには、goodとしか書かれていない。

 コーディネートの撮影場所は百貨店の化粧室。綺麗で明るいパウダールームの鏡にスマートフォンを向け、鏡越しに撮影した全身写真は顔の角度や足の位置を変え、ポーズを変え、試行錯誤した三回目で納得のいく写りの写真が撮れた。

 ハッシュタグでアパレルブランドの名前をつけ、#お洒落さんと繋がりたい のタグも忘れずにつければ、確実にいいね数が稼げる投稿だった。

渾身の写真を嬉々としてインスタグラムに投稿したのに、投稿して6時間後も付いている〈いいね〉は三十二件。

 小夏のインスタグラムのフォロワーは八十四人。そのうちの半分は大学や中学、高校の友人だ。先月と今月は、まだ新規のフォロワーはゼロ。
通知欄を見ては落胆を重ねる日々を繰り返しても、小夏はインスタグラムを辞められなかった。
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