〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
 インスタのタイムラインに表示された友人の来栖愛佳の投稿が小夏の心をさらに乱す。

 ファッション業界も化粧品業界も今季の秋冬に販売する新作商品の発表時期。
コスメブランドのレセプションパーティーに招かれた愛佳の目元を彩るのは、発売前の秋色のアイシャドウ。30分前の投稿で〈いいね〉の数は二百件を越えている。

ファインダー越しの愛佳はとても綺麗だった。
生まれもった小顔と生まれもった二重瞼、形の良い唇も華奢な体型も、何もかもが羨ましい。

 毎朝、アイプチで重たい一重瞼を押し上げて二重を作っている小夏の労力に比べれば、愛佳は元からある二重幅をアイテープで少し広げるだけで、簡単にぱっちりとした可愛い目元に仕上がる。
極めつけが赤坂住みの金持ちで美形の彼氏の存在。

SNSでの地位も、お洒落な服とメイクが似合う可愛い顔も、誰もが羨む恋人も、元から恵まれた容姿を持つ女は苦労を知らない。

(どうして私の人生は映えないの?)

 小夏がバイトで労働している間も、コスメブランドのパーティーに招待された愛佳は華やかな時間を過ごしていた。

自分と愛佳の生きている世界の違いをまざまざと突きつけられる。情けないような悔しいような、ドロドロとした汚物の感情を内に溜めて、彼女は雑司《ぞうし》が谷《や》駅で下車した。

 駅の二番出口から外に出て、都電荒川線の線路沿いを歩く。彼女の実家は豊島区の築十六年の一軒家。

家族が五人もいれば、4LDKの一戸建ても手狭だ。同居家族は両親と今年大学に入った弟と祖母、社会人の兄は2年前に家を出ている。

4LDKのうち、二階の一室は両親の部屋、一階の和室は祖母の部屋。兄と弟は二階の洋間をシェアしていたが、兄が家を出てからは弟がひとりで使っていた。

 小夏に割り当てられた部屋は、二階の和室。小学生の頃に自分の部屋をもらえた時も素直に喜べなかったのは、洋間をもらえた兄が羨ましかったから。

日光で色の褪せた六畳間の自室が大嫌いだった。洗練されたお洒落な部屋にしたくても、和室ではたかが知れている。
部屋で自撮り写真を撮影する時も、日焼けした畳や襖《ふすま》が写り込まないように細心の注意を払っていた。

 映えない部屋に住む、映えない顔の、映えない人生の自分が大嫌いだった。

独り暮らしがしたいと懇願しても両親は首を横に振らない。独り暮らしがしたいなら兄と同じく社会人になってから家を出ればいい、それが両親の言い分だ。

 都内に一戸建ての実家があり、四年制の私立大学に通える小夏は充分に恵まれた環境で生活している。

だが、それを当たり前だと思っている本人は恵まれた幸せに気付けず貪欲《どんよく》になる。元から恵まれた環境にいる人間は、苦労を知らない。

(うちの親も愛佳の親みたいに甘い親なら良かったのに)

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