〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
 横浜の地主の愛佳の親が彼女に与えた独り暮らし先は、新宿区のオートロックマンション。ワンルームでも小夏の六畳間よりは広く、ウォークインクローゼットまである。

月十五万の家賃を難なく支払ってもらえる愛佳は当然、アルバイトもしていない。せいぜい華やかなサロンモデルの仕事くらいだろう。

 SNS映えの人生に必要不可欠な太い実家と金銭的余裕、SNSで映える可愛い顔と恵まれた体型、SNSで公開できる映える私生活。

 映える愛佳と映えない小夏。何から何まで、愛佳は小夏と正反対だった。
愛佳の真似をしても愛佳にはなれない。愛佳の真似をしても愛佳には勝てない。

友達なのに、どうしてこんなに違うの?
見ているだけで惨めになるあんな女、いなくなればいい──。

 線路沿いの道から左手に寺、右手に神社がある寂しげな脇道に入る。この道を抜けた先が彼女の自宅だ。

 イヤホンからは人気アイドルグループ、Fleurir《フルリール》の楽曲が流れている。可愛い声で歌われるアイドルソングは、聴くだけで自分も可愛い女になれた気がした。

アイドルの歌の世界に浸っていた彼女は背後の気配にまったく気が付かない。足音もなく忍び寄る人影は、小夏の真後ろにぴたりと寄り添った。

「……ぁっ……うっ……」

 突如襲われる首もとの圧迫に、偽物の二重瞼がイビツに歪む。
何か言葉を言おうとしても声が出ない。喉を締め付ける力はどんどん強まり、それが首に巻かれたロープのせいだと知った時には、彼女の呼吸は止まる寸前だった。

 ──憧れの“映える生活”を夢見たまま、芹沢小夏の人生はリセットされた。

 小夏の首に蛇のように巻き付いていたロープがするりとほどける。ロープを操る主の手には、黒の革手袋が嵌められていた。

 暗闇の脇道を素早く通り抜けた人影は、スマートフォンを耳に当てて都電荒川線の線路沿いに佇んだ。
静かな住宅街に鳴り響く踏み切りの甲高い警告音。点滅する赤い光が曇天の黒い空によく映える。

『……終わりました。迎えをお願いします』

人を殺したばかりとは思えない冷静で淡々とした口調の青年の名は、夏木伶。
またの名を復讐代行人、エイジェント。



Act3.END
→エピローグ に続く
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