気紛れ天使 【君に会えたあの夏へ戻りたい】
だからといって彼は女を抱くために来たわけではない。 旅の疲れを癒しに来たのである。
暗い部屋の中でぼんやりしていると寛子の寝息が聞こえてきた。 あたりの部屋からは女たちの甘い声が聞こえている。
「ちきしょう、あれじゃあやりたくなるじゃないか。」 ブツブツ言いながらトイレに立つ。
戻りながら寛子の顔を覗いてみる。 まだまだ少女の面影が残っている。
(親が居ないって言ってたよな。 どういうことなんだろう?) 風呂の中で見た寂しそうな顔を思い出してみる。
(乳児院に預けられたって言ってたよな。 となると児童養護施設にも居たわけか。) 人は闇が深いほど神秘的に見えるものだ。
純一郎は布団を剥いで寛子のネグリジェを開けてみた。 しかし胸の膨らみを確かめただけでさっさと元に戻して寝てしまった。
翌朝、彼は6時過ぎには目を覚ましてしまった。 「寛子は、、、?」
そう思って隣を見るとまだまだ寝息を立てて眠っている。 純一郎は布団から出ると顔を洗って部屋を出た。
厨房のほうからは女たちの賑やかな声が聞こえてくる。 もう朝餉の支度は始まっていた。
厨房を過ぎて表に出てみる。 「あらあら、お早いんですねえ。」
女将が掃除をしながら純一郎に声を掛けてきた。 「女将こそ早いんですねえ。」
「私は毎日5時には起きています。 朝餉の支度も有るし旅館の周りを掃除するのも私の務めだと思っていますから。」
「昔からそうなんですか?」 「そうです。 40年そうしてきました。」
40年、、、言うのは簡単だが実行するのは簡単ではないはずだ。 純一郎が小学生の時にはこの旅館で女将は働いていた。
先代の女将は厳しい人で接客にも本当にうるさかったらしい。 伝統的な花宿を変えたいと思っていたという。
(先代が亡くなる時、私に言ったんです。 「いつまでもこのままではダメよ。 男性のお客様は喜ぶかもしれないけど女も安心して泊れるような旅館にしていきなさい。」って。」 以来、体の接待は極力しないようにしてきた。
それでもやっぱり昔からの馴染み客には相手をしてしまう。 それが悩みなんだと女将はこぼした。
表をグルリと回って部屋に戻ってきたら寛子も起きていて布団を押し入れに直すところである。 「おはようございます。 お早いんですねえ。」
「いつもの癖でさあ、早く目が覚めるんだ。 女将とも会ってきたよ。」 「女将はいつも朝が早いから。」
暢気にしていると7時のチャイムが鳴った。 「皆さん起きられる頃ですね。」
「中にはまだまだ寝てる人も居るんじゃない?」 「居ます。 女中の中でもお客さんと一緒になって寝てる人が、、、。」
廊下で話し声が聞こえる。 「あの子さあ、夕べから初めて客を取ってるんだって。」
「そのお相手ってなんだか冴えない人だったわよねえ。」 「ほんとだ。 あの子にはお似合いよ。」
静かな朝の廊下である。 話し声は全て聞こえている。
寛子は何とも言えない複雑な顔をした。 「初めての客だって言ってたよね。」
「あの人たちが言うお客さんっていうのはお金をくれて抱いてくれる人たちのことです。」 「あいつらこそ冴えない顔をしてると思うんだけどなあ。」
「まあ、いいじゃないですか。 誰がどう言おうと私は私ですから。」 寛子はきっぱり言うと部屋を出ていった。
庭を眺めてみる。 昨日、寛子を連れてきた女が盆栽の世話をしている。
「おはようございます。 お眠りになれましたか?」 「熟睡しすぎて早く目が覚めちゃったよ。」
「あらあらそれはもったいない。 もっとごゆっくりされてもいいのに、、、。」 「それもそうだけどさあ、、、。」
女が近くまで寄ってきた。 「あの子はどうでした?」
「どうって何もしてないよ。」 「あらあらもったいない。 何をしてもいいんですよ。 出発するまではお客さんの物なんですから。」
女はニヤッと笑うと何処かへ行ってしまった。 「朝食の準備が整いました。」
そこへ寛子が戻ってきた。 「何処で食べるの?」
「朝食は食堂で戴くことになってます。 女将もいらっしゃいました。」 「そっか。 じゃあ行こう。」
純一郎と寛子が並んで歩いていると廊下の掃除をしていた女中たちがヒソヒソト噂話を始めた。
中には純一郎をしげしげと見やる女も居る。 「あの人じゃあお金は貰えないわねえ。」
食堂の扉を開ける。 「おはようございます。 こちらへどうぞ。」
さっき、庭で見掛けた女が手招きをしている。 食膳が並んでいる間を歩いていくとアジサイの絵が飾られた膳が見えた。
「お客様と寛子ちゃんはここでございます。 ごゆっくりお召し上がりください。」
生卵に納豆、山菜の煮浸しに豆腐と若芽の味噌汁。 懐かしい日本料理だ。
純一郎は緊張したのか膳の前で正座をした。 寛子もそれを見て笑顔になったらしい。
炊き立てのご飯を食べながら周りの女中たちに目をやる。 「おはようございます。」
「あらあら、陽子さん またお客さんに絡んだのね?」 「いいでしょう? お泊りの間は何をしても自由なんだから。」
「あなたたちも少しは考えなさいよ。 この旅館はいかがわしい宿じゃないんですよ。」 「そんなこと言ったって、、、。」
女中たちは眠い目をこすりながら行き来している。 時々、わざとらしく寛子につんのめったりしながら、、、。
そんな女中を純一郎が睨みつける。 「キャー、怖い怖い。」
「どうしたの? 花子さん。」 「この人に睨まれた。」
「そう。 何もしなかったら誰も睨まないわよね。」 女将は(しょうがないな。)という顔をしている。
そこへ女中を抱いていたらしい客が入ってきた。 「おー、女将 おはよう。」
「ああ、おはようございます。 夕べはどうも。」 「いやいや、ここの女たちは可愛いし面白いしいい子ばっかりだねえ。」
客は澄まして食事をしている寛子をチラッと見てからさらに言った。 「この旅館に貧乏人は要らないよ。 目障りだ。」
それを聞いた女中たちはクスクスと笑い出してしまった。 (あれじゃあしょうがないな。)
客がさっさと食事を済ませて帰ってしまったので寛子もホッとしたようだ。 そこへ女将がやってきた。
「あんなお客も居るんですけど機嫌を悪くなさらないでくださいね。 あの人はいつもああなんです。」 申し訳なさそうに謝ってくる。
「いいよ。 海外に出たらあんなのはたくさん居るから。」 「お客様 海外にも行かれるんですか?」
「うん。 昨日、ロスから帰ってきたばかりなんだ。」 「旅行か何かですか?」
「仕事だよ。」 それを聞いた女中たちは蒼くなって顔を見合せた。
「あの人、アメリカに仕事で行ってたんだって。」 「何しに行ってたんだろう?」
「さあねえ。 次に泊りに来たら教えてもらえばいいじゃない。」 またまた集りの相談らしい。
朝食を済ませた純一郎と寛子は部屋に戻ってきた。 「ここの女中たちはおかしな連中ばかりだなあ。」
「そうなんです。 私はいつも除け者でした。」 「寛子ちゃんが?」
「女将の申し子だって言われて、、、。」 「そういえばさあ、寛子ちゃんと女将ってどっか似てるよね。」
「そう見えますか?」 「なんか仕草が似てるんだよ。」
「気になってはいたんですけど、、、。」 廊下が賑やかになってきた。
「あのお客さんが帰られるんですね。 ちょっと挨拶をしてきます。」 寛子が部屋の扉を開けると、、、。
「あんたは出てこなくていいわよ。 貧乏人の相手をしてなさい。」 そう嘲笑う声が聞こえた。
振り向いた寛子は今にも泣きそうな顔をしている。 そこで純一郎が扉を開けた。
酔ったじいさんが女中に付き添われて玄関に向かっていた。 「あいつ、ずっと前、衆議院議員だったやつじゃないか。 憐れなもんだな。」
金に物を言わせて女中たちを抱いてきたじいさんの醜い姿を見てしまった。 やつは大臣経験者だがこれといって何をしたわけでもない。
その男の成れの果てがこれでは、、、。
暗い部屋の中でぼんやりしていると寛子の寝息が聞こえてきた。 あたりの部屋からは女たちの甘い声が聞こえている。
「ちきしょう、あれじゃあやりたくなるじゃないか。」 ブツブツ言いながらトイレに立つ。
戻りながら寛子の顔を覗いてみる。 まだまだ少女の面影が残っている。
(親が居ないって言ってたよな。 どういうことなんだろう?) 風呂の中で見た寂しそうな顔を思い出してみる。
(乳児院に預けられたって言ってたよな。 となると児童養護施設にも居たわけか。) 人は闇が深いほど神秘的に見えるものだ。
純一郎は布団を剥いで寛子のネグリジェを開けてみた。 しかし胸の膨らみを確かめただけでさっさと元に戻して寝てしまった。
翌朝、彼は6時過ぎには目を覚ましてしまった。 「寛子は、、、?」
そう思って隣を見るとまだまだ寝息を立てて眠っている。 純一郎は布団から出ると顔を洗って部屋を出た。
厨房のほうからは女たちの賑やかな声が聞こえてくる。 もう朝餉の支度は始まっていた。
厨房を過ぎて表に出てみる。 「あらあら、お早いんですねえ。」
女将が掃除をしながら純一郎に声を掛けてきた。 「女将こそ早いんですねえ。」
「私は毎日5時には起きています。 朝餉の支度も有るし旅館の周りを掃除するのも私の務めだと思っていますから。」
「昔からそうなんですか?」 「そうです。 40年そうしてきました。」
40年、、、言うのは簡単だが実行するのは簡単ではないはずだ。 純一郎が小学生の時にはこの旅館で女将は働いていた。
先代の女将は厳しい人で接客にも本当にうるさかったらしい。 伝統的な花宿を変えたいと思っていたという。
(先代が亡くなる時、私に言ったんです。 「いつまでもこのままではダメよ。 男性のお客様は喜ぶかもしれないけど女も安心して泊れるような旅館にしていきなさい。」って。」 以来、体の接待は極力しないようにしてきた。
それでもやっぱり昔からの馴染み客には相手をしてしまう。 それが悩みなんだと女将はこぼした。
表をグルリと回って部屋に戻ってきたら寛子も起きていて布団を押し入れに直すところである。 「おはようございます。 お早いんですねえ。」
「いつもの癖でさあ、早く目が覚めるんだ。 女将とも会ってきたよ。」 「女将はいつも朝が早いから。」
暢気にしていると7時のチャイムが鳴った。 「皆さん起きられる頃ですね。」
「中にはまだまだ寝てる人も居るんじゃない?」 「居ます。 女中の中でもお客さんと一緒になって寝てる人が、、、。」
廊下で話し声が聞こえる。 「あの子さあ、夕べから初めて客を取ってるんだって。」
「そのお相手ってなんだか冴えない人だったわよねえ。」 「ほんとだ。 あの子にはお似合いよ。」
静かな朝の廊下である。 話し声は全て聞こえている。
寛子は何とも言えない複雑な顔をした。 「初めての客だって言ってたよね。」
「あの人たちが言うお客さんっていうのはお金をくれて抱いてくれる人たちのことです。」 「あいつらこそ冴えない顔をしてると思うんだけどなあ。」
「まあ、いいじゃないですか。 誰がどう言おうと私は私ですから。」 寛子はきっぱり言うと部屋を出ていった。
庭を眺めてみる。 昨日、寛子を連れてきた女が盆栽の世話をしている。
「おはようございます。 お眠りになれましたか?」 「熟睡しすぎて早く目が覚めちゃったよ。」
「あらあらそれはもったいない。 もっとごゆっくりされてもいいのに、、、。」 「それもそうだけどさあ、、、。」
女が近くまで寄ってきた。 「あの子はどうでした?」
「どうって何もしてないよ。」 「あらあらもったいない。 何をしてもいいんですよ。 出発するまではお客さんの物なんですから。」
女はニヤッと笑うと何処かへ行ってしまった。 「朝食の準備が整いました。」
そこへ寛子が戻ってきた。 「何処で食べるの?」
「朝食は食堂で戴くことになってます。 女将もいらっしゃいました。」 「そっか。 じゃあ行こう。」
純一郎と寛子が並んで歩いていると廊下の掃除をしていた女中たちがヒソヒソト噂話を始めた。
中には純一郎をしげしげと見やる女も居る。 「あの人じゃあお金は貰えないわねえ。」
食堂の扉を開ける。 「おはようございます。 こちらへどうぞ。」
さっき、庭で見掛けた女が手招きをしている。 食膳が並んでいる間を歩いていくとアジサイの絵が飾られた膳が見えた。
「お客様と寛子ちゃんはここでございます。 ごゆっくりお召し上がりください。」
生卵に納豆、山菜の煮浸しに豆腐と若芽の味噌汁。 懐かしい日本料理だ。
純一郎は緊張したのか膳の前で正座をした。 寛子もそれを見て笑顔になったらしい。
炊き立てのご飯を食べながら周りの女中たちに目をやる。 「おはようございます。」
「あらあら、陽子さん またお客さんに絡んだのね?」 「いいでしょう? お泊りの間は何をしても自由なんだから。」
「あなたたちも少しは考えなさいよ。 この旅館はいかがわしい宿じゃないんですよ。」 「そんなこと言ったって、、、。」
女中たちは眠い目をこすりながら行き来している。 時々、わざとらしく寛子につんのめったりしながら、、、。
そんな女中を純一郎が睨みつける。 「キャー、怖い怖い。」
「どうしたの? 花子さん。」 「この人に睨まれた。」
「そう。 何もしなかったら誰も睨まないわよね。」 女将は(しょうがないな。)という顔をしている。
そこへ女中を抱いていたらしい客が入ってきた。 「おー、女将 おはよう。」
「ああ、おはようございます。 夕べはどうも。」 「いやいや、ここの女たちは可愛いし面白いしいい子ばっかりだねえ。」
客は澄まして食事をしている寛子をチラッと見てからさらに言った。 「この旅館に貧乏人は要らないよ。 目障りだ。」
それを聞いた女中たちはクスクスと笑い出してしまった。 (あれじゃあしょうがないな。)
客がさっさと食事を済ませて帰ってしまったので寛子もホッとしたようだ。 そこへ女将がやってきた。
「あんなお客も居るんですけど機嫌を悪くなさらないでくださいね。 あの人はいつもああなんです。」 申し訳なさそうに謝ってくる。
「いいよ。 海外に出たらあんなのはたくさん居るから。」 「お客様 海外にも行かれるんですか?」
「うん。 昨日、ロスから帰ってきたばかりなんだ。」 「旅行か何かですか?」
「仕事だよ。」 それを聞いた女中たちは蒼くなって顔を見合せた。
「あの人、アメリカに仕事で行ってたんだって。」 「何しに行ってたんだろう?」
「さあねえ。 次に泊りに来たら教えてもらえばいいじゃない。」 またまた集りの相談らしい。
朝食を済ませた純一郎と寛子は部屋に戻ってきた。 「ここの女中たちはおかしな連中ばかりだなあ。」
「そうなんです。 私はいつも除け者でした。」 「寛子ちゃんが?」
「女将の申し子だって言われて、、、。」 「そういえばさあ、寛子ちゃんと女将ってどっか似てるよね。」
「そう見えますか?」 「なんか仕草が似てるんだよ。」
「気になってはいたんですけど、、、。」 廊下が賑やかになってきた。
「あのお客さんが帰られるんですね。 ちょっと挨拶をしてきます。」 寛子が部屋の扉を開けると、、、。
「あんたは出てこなくていいわよ。 貧乏人の相手をしてなさい。」 そう嘲笑う声が聞こえた。
振り向いた寛子は今にも泣きそうな顔をしている。 そこで純一郎が扉を開けた。
酔ったじいさんが女中に付き添われて玄関に向かっていた。 「あいつ、ずっと前、衆議院議員だったやつじゃないか。 憐れなもんだな。」
金に物を言わせて女中たちを抱いてきたじいさんの醜い姿を見てしまった。 やつは大臣経験者だがこれといって何をしたわけでもない。
その男の成れの果てがこれでは、、、。