王子様との両片想いな闇落ち学園生活 〜封印される記憶〜

1.記憶のない私

「今日の君も可愛いね。これから何年も一緒に学園にいられるなんて、君と同じ学年でよかったよ」

 今日もいかにもな王子様のロイド・ジルベール様が私に愛を囁く。金のサラサラの髪、深みのあるグレーの瞳。こんなに素敵な人が私の婚約者だなんて夢みたいだ。

 ――でも、彼の言葉が本音ではないことも分かっている。

 彼は……この私には興味がない。だから絶対に「好き」だとは言わない。ただ婚約者として期待されている王子様を演じているだけだ。「好き」だという言葉だけは嘘で口にしたくないのだろう。

「もう、ロイド様ったらいつもそんなことを言って」

 私も期待されている婚約者を演じる。嘘だと分かっていても嘘だと指摘はしない。
 
「毎日言いたいんだよ、ミリア」

 愛おしそうに私の名前を呼んでくれる王子様。それなのに――、

「じゃ、また放課後にね」

 あっけなく彼は立ち去っていく。授業開始前に校舎入口で待っていてくれるのは、それが婚約者としての義務だと思っているからだ。

 だって、学園の食堂で一緒に食事くらいしてくれたっていいのに、一度も誘われたことがない。当然デートもない。義務的に定期的にお茶を共にすることはあるけれど、親への報告に必要だからだろう。天気の話や紅茶の話などありきたりな話ばかりで、すぐに終わってしまう。

 すごく寂しい。

「いつもの挨拶は終わった?」

 友人が話しかけてくれる。わざわざ私たちから距離をとって待ってくれていた。

「ええ。授業へ行きましょうか」
「ふふっ、羨ましいわね。毎日ごちそうさま!」

 彼のイメージ工作はこうやって成功している。

 いつだって彼はああやって笑う。 
 綺麗な綺麗な顔で。
 明日も明後日もこれからも、青空の下でつくられたような爽やかな笑顔を私に向けるのだろう。

 ――そんな彼が、私に対して待ち焦がれるような顔をする時が毎日一瞬だけある。

 講義が終わってから、彼に連れていかれるとある一室。私と寮に戻る前に二人きりになりたいからと案内された場所。研究棟の横にある多目的棟という名前の建物の中には地下へと進む階段があって、いつも私は放課後にそこへ誘われる。

 ――そして例外なく、記憶を失うんだ。


 ◆


 今日もまた、そこへ誘われた。

「ロイド様……私、この場所へ来ると意識を失ってしまうのです」
「朝からの講義で疲れているんだろう。君の寝顔は可愛いよ」
「私は心配です。どんな顔をして寝ているのか……」
「ははっ、いいじゃないか。君と二人きりになれる大事な時間だ。今日も付き合ってくれてありがとう」

 放課後はいつもここ。昼が夜に移る時間。黄昏時。彼が、私の知る彼では……きっとなくなる時間。

 彼は魔法とは違った能力をもっている。そういった人は一定数いて、聖獣の言葉を理解できたり、相手の嘘を感知できたり……。それらは自覚したらすぐに王家に登録しなければならず、自覚したうえでの登録忘れには重い刑罰がある。

 王家が把握できなければ、思わぬ能力によって王族が暗殺される可能性もあるからだ。好き勝手使うことも許されていない。

 能力の有無を感知できる者も王家にいると、噂として流れている。だからこそ、誰もが自覚したら登録し、定期的に能力を使った悪事を働いていないか秘密裏に調査が入ることに同意もしている。

 ――さっきの会話は、いつも以上の化かし合いだ。互いに嘘をついていると分かっている。

 能力の有無を感知できる能力を持っているのは私だ。だからこそ、ロイド様の婚約者に選ばれた。当然ながら、気づくのには少し時間がかかった。能力者は少ないからだ。

 十歳にも満たない幼い頃、彼の指示により「ロイド様が飲む紅茶のみ甘くする(皆の前で砂糖を入れるのはかっこ悪いから)」という能力を使用人さんが使っているのを見て気づいた。

 より正確に言えば、彼の使用人の体から光が漏れていたので、こっそりと彼に「なぜなのか、ご存知ですか」と確認したことで発覚した。能力を使用していない時も、集中すればわずかな光が視える。それも話した。

 両親と共に、たくさんの誓約書にサインをした。能力がある者を見つけたらすぐに報告すること。能力について一切人に話さないこと。王室に協力を仰がれたら協力すること……そんな内容だ。

 彼の安全を守るために私は存在する。

「それじゃ、扉をあけるよ」
「ええ。ロイド様」

 そんなに待ち焦がれたような顔をしないで。

 陽の光が入ってこない地下の闇。特殊状況下における魔法の発動や実験などのためにここはあるという。王立の学園だから、一室を貸し切りにする権限も彼にある。

 彼の持つ鉱石のランプが赤く揺れる。
 重々しい扉が開く音。

 私はいつものように目をつむり、彼もまたいつものように私に聞く。

「何か見えた?」
「いいえ、何も」

 最初の一回目の時は目をつむってと言われた。二回目からは何も言われないけれど、自主的につむっている。

 胸がざわつく。

 もし私が目を開けたのなら、彼の体から光が放たれているのだろう。それを私が察していることも彼は理解している。そのうえで、私を試す。さっきのように。

 何か見えたのかと。つまり目を開いてもいいのだと。 

 いつもの部屋だ。
 彼が扉を閉めた瞬間に、私は記憶を取り戻す。

 ――この部屋限定の記憶を。
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