〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
Act2.魔葯悲訳劇薬
市谷見附《いちがやみつけ》の交差点を左折した車が坂を下った先の駐車場で停車した。助手席の窓から外の景色を確認した美夜は、運転席の小山真紀に顔を向ける。
「こんな所に主任の知り合いがいるんですか? どう見てもここって……」
真紀の運転により美夜が連れて来られた場所は新宿区と千代田区の狭間の釣り堀。近くには市ケ谷駅がある。
「向こうはサボりよ、サボり。アポはとってあるからここに居るはず」
真紀の班は望月莉愛が集団強姦されるに至るまでの経緯と、莉愛の周辺人物との関係の捜査担当となった。
真紀は莉愛がリベンジポルノの被害届を出す際にその場に居合わせている。この件は生前の莉愛と面識のある真紀が適任だ。
今回は何故か、美夜と組むのはバディの九条ではなく上司の真紀。今日限定で美夜は真紀と、九条は杉浦と行動を共にしている。
「あの、どうして主任の同行者が私なんですか?」
「あなたにも色んな捜査のやり方を覚えて欲しいの。時には正攻法じゃないやり方もね」
「それが、“これ”ですか?」
車を降りた美夜が携えているのはコンビニ袋。ここに来る途中で立ち寄ったコンビニで購入した物は酒と煙草、あんパンと五個入りミニドーナッツ。
美夜の手元で揺れる袋を見下ろして真紀は笑った。
「今から会う人はこれくらいで勘弁してくれるからまだいいのよ。情報の見返りに刑事相手に平気で身体を要求してくる奴も多い。若い頃はもっと酷かったけど、この歳になってもまだそういう誘いがあるのよ」
「身体を要求されたら主任は……」
「もちろん要求には屈しない。桜田門の権力ちらつかせて吐かせればいいだけだもの」
長年、捜査一課で事件の場数を踏んでいるだけあって真紀の精神は逞《たくま》しい。
動きが低速な台風の影響で今日も湿っぽい曇り空が続いている。
こんなに雲が厚くても、関東地方は明日と明後日は快晴と言うのだから天の神はきまぐれだ。しかし晴れ間は長くは続かず、週末にかけてまた天気が崩れるらしい。
「神田さんはこういう場所は初めて来る?」
「はい。釣りには縁がなかったので……。捜査に必要がなければ一生来る機会はないですね。こんな都心に釣り堀があることも知りませんでした」
「私も先輩に初めて連れて来られた時は神田さんと同じ反応だったよ」
月曜の昼下がりの釣り堀には人の姿もまばら。釣り堀には大きな鯉池が三つ、小さな鯉池が二つある。
中央の鯉池の通路に猫背の男がいた。
「こんな所に主任の知り合いがいるんですか? どう見てもここって……」
真紀の運転により美夜が連れて来られた場所は新宿区と千代田区の狭間の釣り堀。近くには市ケ谷駅がある。
「向こうはサボりよ、サボり。アポはとってあるからここに居るはず」
真紀の班は望月莉愛が集団強姦されるに至るまでの経緯と、莉愛の周辺人物との関係の捜査担当となった。
真紀は莉愛がリベンジポルノの被害届を出す際にその場に居合わせている。この件は生前の莉愛と面識のある真紀が適任だ。
今回は何故か、美夜と組むのはバディの九条ではなく上司の真紀。今日限定で美夜は真紀と、九条は杉浦と行動を共にしている。
「あの、どうして主任の同行者が私なんですか?」
「あなたにも色んな捜査のやり方を覚えて欲しいの。時には正攻法じゃないやり方もね」
「それが、“これ”ですか?」
車を降りた美夜が携えているのはコンビニ袋。ここに来る途中で立ち寄ったコンビニで購入した物は酒と煙草、あんパンと五個入りミニドーナッツ。
美夜の手元で揺れる袋を見下ろして真紀は笑った。
「今から会う人はこれくらいで勘弁してくれるからまだいいのよ。情報の見返りに刑事相手に平気で身体を要求してくる奴も多い。若い頃はもっと酷かったけど、この歳になってもまだそういう誘いがあるのよ」
「身体を要求されたら主任は……」
「もちろん要求には屈しない。桜田門の権力ちらつかせて吐かせればいいだけだもの」
長年、捜査一課で事件の場数を踏んでいるだけあって真紀の精神は逞《たくま》しい。
動きが低速な台風の影響で今日も湿っぽい曇り空が続いている。
こんなに雲が厚くても、関東地方は明日と明後日は快晴と言うのだから天の神はきまぐれだ。しかし晴れ間は長くは続かず、週末にかけてまた天気が崩れるらしい。
「神田さんはこういう場所は初めて来る?」
「はい。釣りには縁がなかったので……。捜査に必要がなければ一生来る機会はないですね。こんな都心に釣り堀があることも知りませんでした」
「私も先輩に初めて連れて来られた時は神田さんと同じ反応だったよ」
月曜の昼下がりの釣り堀には人の姿もまばら。釣り堀には大きな鯉池が三つ、小さな鯉池が二つある。
中央の鯉池の通路に猫背の男がいた。